第179話 ゲーム 1


遊戯ゲーム、だと?」


「そうよ。それも簡単な、ね。うふふ」


 取り出した五枚の金貨を手のひらで弄びながら、ゼゼキエルが言った。


「ルールはとても単純、いまからこの金貨五枚を順番に投げて、裏か表か、ってそういうもの。表が出れば、そちらの勝ち。裏が出ればこちら側の勝ち」


「先ほど仲間たちのことを人質、といったな? それを賭けて、ということか?」


「ええ。こちらが勝つたび、今浮いてもらっているコたちを『落とす』。そう、ちょうどこんなふうに――コール」


 ゼゼキエルが杖を掲げると、手近にあった人の頭ほどある岩石がふわりと浮かび上がり、


「――レイズ」


 次の瞬間、強烈に地面にたたきつけられ、粉々に砕けた。


 ただ、そこから落としたわけではなく、まるで何かによって空から叩き落されたような見えない力が働いているように見えた。


 もし、同じようなことをやられれば、人間の隆也達など、あっさりと全身が破壊されてしまうだろう。

 

「そちらが勝てば解放して、逆にこちら側が代償を支払う――そうね、両腕と両脚、そして最後に心臓なんてどうかしら?」


「……正気の沙汰じゃないだろう、それは」


 ゼゼキエルの提案に、リゼロッタが信じられないといった顔で呟いた。

 

 上手くいけば何の犠牲も払わずに倒せる、といったのはこのことだろう。


 コインを投げて、運よく五枚連続で表を出すことができれば、全員を無傷で取り戻せるうえに、目の前の四天王を倒すことも可能だ。


 だが、五回コインを投げて表のみが出る確率は、現実的に起こりうるが、可能性としてはそう高いわけでもない。


 しかも、目の前にいるのは堕天使族――さすがに心臓を穿てば死ぬだろうが、腕一本、脚一本もっていったところですぐに治癒再生されてしまうだろう。実際、斬魔鬼将ライゴウがそうだったのだ。ゼゼキエルにもその手段があると考えるのが自然である。


 対して、こちら側は、負ければまず命はないと思っていい。あまりにも分が悪すぎる勝負だった。


「あら? しないの? それは残念……じゃあ、今から十秒ごとに一人ずつレイズしていくわ。そうねえ……まずはそこのかわいい少年から」


「んぐっ……!」


 ゼゼキエルの杖が隆也を示すと、突如、不可視の重りが、ずん、と隆也の肩にのしかかる。


「っ、き、きさまぁっ……!」


「卑劣なり魔族、ってところかしら? ええ、そうよ。だって、私は魔族なんですもの。当然でしょう?」


 ラヴィオラが強引に重力の枷から抜け出ようとするも、一歩、また一歩と、踏み出す度に足が深く地面にめり込んでいる。これでは攻撃を仕掛けてもすぐにかわされてしまうだろう。


「じゅう、きゅう、はーち、なーな、ろーく……」

 

 待つこともせず、ゼゼキエルは粛々とカウントダウンを進めていく。これまでの行動から、おそらく彼女が本気であることは全員がわかっている。


 ゼロになれば、ゼゼキエルによって『レイズ』された隆也は、足元に転がっている魔族たちと同じ末路を辿ることになるだろう。


「ごー、よーん、さーん、にーい、いーち、」


「……わかった。その賭け、乗ってやろう」


 と、ゼゼキエルが『レイズ』の呪文を言い終わる前に、あきらめたようにラヴィオラが構えていた剣を下ろした。


「ラビィ……」


「加わって日が浅いとはいえ、タカヤもわれわれの一員だ。見捨てることはできん」


「姫様、しかしそれでは……」


「すまない、皆。ほんのひと時、私に命を預けてくれ」


 ゼゼキエルに先手を、しかもスターバンカーの重力魔法をまともに受けては、この選択もやむなしだった。


 少なくとも、これで隆也の命は首の皮一枚つながったことになる。


「ふふ、やっと受けてくれる気になったのね、ラヴィオラ。私、とっても嬉しいわ」


「ちっ……だが、その前に一つ条件がある」


「なにかしら? 今、とっても気分がいいから、よっぽどのことでなければ引き受けてあげる」


「そうか、では、」


 ラヴィオラの紫紺の瞳が、隆也のほうをしっかりと見つめている。


「え? あの……」


「頼んだぞ、タカヤ」


 それだけ言って、ラヴィオラはゼゼキエルへと宣言した。


「コイントスの役を、後ろのタカヤに任せる……これが条件だ」

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