第178話 降魔天将の気まぐれ
堕天使、と名がある通り、ゼゼキエルは元は天界に住む天使だった。
人間界や魔界とはまた別の、先の二つとは完全に隔たれている世界で、彼女は誕生した。
そこにいる間、彼女は何をすることもなかった。いくら神の使いと呼ばれる存在でも、彼女は天使としては平凡で凡庸だった。人間界がどうたら、魔界がどうたら、世界の秩序が云々という話は、彼女より遥か彼方の上位存在が取り決めていたから、初めからゼゼキエルは蚊帳の外だった。
何もすることがない天界で、彼女は暇を持て余していた。天使に寿命はないし、昼夜といった時間の概念すらないので、余計にそう思えた。
気が向いたときに寝て、起きて、たまに他の天使たちと何度も同じ話を繰り返す。魂の吹き込まれていない道具や薬のほうが、よほど自分より働いているのかもしれない。
――私は何のために存在しているのだろう。
そんな時、ふと暇つぶしに下の世界、つまりは人間界と魔界の様子を覗いてみた後、彼女はすぐに下界へ降り、そしてあっさりと染まった。
魔界を選んだのは、単純にそちらのほうが、人間界と較べ、より欲望に忠実にいられるだろうと理由からである。
「まったく、人との言うことを聞かずにゲートなんてくぐっちゃうからからこんなことになるのよ……ねえ? あなたたちもそうは思わない?」
ゼゼキエルの足元を中心に広がっているのは、魔族特有の赤黒い血と、何かに踏みつぶされたような肉片の山だった。最奥部の空間一面を覆いつくすほどだから、かなりの下級魔族たちが、ゼゼキエルの手によってやられたことになる。
「初めまして、王都の皆さん。私はゼゼキエル……あなたたちには、降魔天将っていう肩書のほうが、馴染みがあるかもしれないわね」
「いきなり上級魔族のお出まし……ねえエルー、今もそうだけど、私たちって超絶ピンチじゃない?」
「ですね姉さん……しかもあの杖は」
隆也もゼゼキエルの持つその正体を知っている。魔界での四天王会議で顔を合わせたとき、
名は確か『スターバンカー』といったはずだ。魔界にある魔法杖のなかでは最高クラスの『
目の前の魔族たちも、おそらくその力によって潰されたのだろう。見るも無残な有様だった。
「うふふ、そんな怖い顔しなくても大丈夫。今日は私、戦うつもりでここにいるわけじゃないから」
「……どういうことかな?」
けらけらと笑うゼゼキエルに、リゼロッタが問いかける。鍛えられているだけあって、スターバンカーの影響下でも膝をつくことなく、二本の足でしっかりと自分の体を支えていた。
「私がここにいる目的は、命令を無視してこちら側にきたおバカさんたちの駆除、ただそれだけ。この処理が終わればすぐ戻るし、その時にゲートも閉じておいてあげる。どう? 悪い話じゃないでしょう」
「確かに。だが、敵対する意思がないのなら、今、私たちにかけている魔法も解いてくれないかな? 体中が鉛になったみたいに重たくてしょうがないんだけど」
「それはちょっとね。解除したら、そこにいるこわ~い顔のナイトさんに襲われそうだから」
目を細めたゼゼキエルの先にいるのは、腰に佩いたセブンスフォールに手をかけ、今もにも斬りかかろうとしているラヴィオラの姿。
「……ふざけるな、この忌々しい魔族め。貴様の話など、誰が信じるものか」
ゆっくりと星剣を鞘から引き抜きながら、ラヴィオラは言う。地面がひびわれるほどの重力を受けながら、彼女は七色に閃く剣先をゼゼキエルの眉間へと向けた。
「こちら側の平和を脅かそうとする魔族は一匹残らず根絶やしにする……それが私に課せられた使命だ。お前に戦う意志があろうとなかろうと、私はこの星剣をもって貴様を塵にする」
「ふうん、結構力を入れたつもりなんだけど、まだ動けるなんてね。でもいいのかしら?」
「っ、なにっ……!?」
「――コール!」
そう唱えて、ゼゼキエルが星杖スターバンカーを掲げた瞬間、
「うわっ、ちょっ、なに?」
「一人でに体が浮いて……!」
「姫様……!」
「ここまで軽くしろとは言ってないんだけどなっ……」
ラヴィオラ以外の五人が、今度は一転してふわりと宙に浮いてしまったのである。
それまでのしかかっていた目に見えない重さから解放されたと思いきや、今度は踏ん張ることすら許されず、宙で手足をじたばたとさせるしかない。
「うう~、こんの~!」
「だめ、姉さん。そんな姿勢が定まらない状態で魔法なんて撃ったら、ラヴィに当たってしまいます」
エリエーテが何とか身をよじって魔法を放とうとするも、そのたびにその場をぐるぐる回って狙いがつけられない。無理して放とうものなら、味方にも被害が及んでしまう。
「そうそう。あなたたちは大事な
「チップ……貴様、いったいなにを」
「思いついたの……うふふ、やっぱり生きている以上は、多少の刺激は求めていかないとね……!」
そう言って、ゼゼキエルが、その豊満な胸の谷間から五枚の金貨を取り出した。
「ねえ、ちょっとした『賭け』をしない? 上手くやれば、私のことを何の犠牲もなく倒せるかもしれない……そんなゲームを」
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