第177話 魔族狩り 2

 

 そうして、しばらく無言で馬車に揺られた後、隆也を含めた小隊は、ようやく目的の洞窟迷宮の入り口へとたどり着いた。

 

 途中の聞き込みで、周辺の集落に目立った被害はないということはわかっている。しかし、日に日に魔族の目撃情報が多くなっているのも事実のため、早期の解決が求められたわけだ。


「……悪い空気が充満していますね」


 降りるなり、あまり思い出したくない空気が、隆也の鼻を刺激した。


 しかもこれは魔界でも特に瘴気が濃い地域のものと同等。生身の人間では、とてもじゃないが数分と耐えられない。


 少しだけ、嫌な予感がする。


「リゼロッタさん、僕のバックの中に白い布があるので、とってくれませんか?」


「ん、構わないけど……それは、どういうものだい?」


「効果は見ていただければ。人数分あるので、それぞれ渡してください」


 隆也の手に持っているのは、ぱっと見たところでは、なんの変哲もない厚手の白いハンカチ。


 だが、もちろん、隆也の手によってしっかりと細工が施されているオリジナルのアイテムだ。


 効果は、すぐに表れた。


「! この環境下でも、しっかり呼吸ができる……」


 驚いたようにリゼロッタが声を上げた。目のほうはゴーグルなりで直接瘴気がふれないようにすればいいが、空気についてはそういうわけにもいかない。


「素材は秘密ですけど、ほとんどの瘴気を布がつかまえてくれるので、中に入っても問題はないかと」


 瘴気を防ぐ方法としては、以前魔界でフェイリアがやったように魔法で障壁をつり出すやり方もあるが、瘴気が高濃度になればなるほど、より障壁に費やす魔力が多くなってしまうので、戦闘に魔力を集中させたいのであれば、素直に道具に頼ってしまったほうがいい。


 ちなみに、素材は朽ちたダークマターの欠片である。いったん粉々に砕き、染料として使用しているのだ。朽ちて欠片になってもなお、瘴気を取り込み元の姿に戻ろうとする働きは残っているようだ。


 今後もこういう仕事をするのなら必要なアイテムだが、素材の入手が非常に困難なのがネックだ。基本、魔剣や魔槍を使い潰さなければいけない。


「でも、ちょっとアヤしい宗教団体みたいなカッコになってダサいかな~」


「魔力温存と引き換えということにしておきましょう。この瘴気濃度なら、背に腹かえられませんし」


「そういうことだ。皆、気を引き締めるぞ」


 やはり隆也だけでなく、全員が気づいているようだ。


 ゲートは魔力の濃度が魔界と同等程度となった時に出現すると言われている。こちら側の世界では、運よく人の少ない場所に出現しているが、では魔界側からみると、ゲートはどこに出現しているのか。


「これだけ濃いとすると、下級魔族でも、デーモンか魔界蟲、下手すれば黒龍種あたりを覚悟しておかないとか……姫様、念のため全回復薬を」


 答えは、現在の瘴気濃度とほぼ同じ地域に出現する、である。


 前回ムムルゥやレティから聞いた通り、魔界も場所によっては瘴気の薄い濃いがあり、それによって生活圏が異なる。例外はもちろんあるが、瘴気が薄ければ、魔族としての力は弱く、また濃ければ強い種族がいることが普通だ。


 光哉によると、『人間界に無闇に近づくな』と四天王を通じて指示しているようだが、魔族がそう簡単に言うことを聞くわけでもない。


「でも、さすがに今回ばかりはやってくれなきゃ……」


「……何か言いましたか?」


「あ、いえ、行きましょう。セプテさん、護衛のほう、よろしくお願いします」


「ふんっ……せいぜい足手まといにならないようにしてくださいよ」


 相変わらずのそっけない態度のセプテの隣について、隆也はラヴィオラたち小隊の後ろをついていく。


 探索自体は、リゼロッタのおかげもあり順調に進んでいった。どうやら遥か昔にここをねぐらとしていた魔獣が掘ったものが、年月を経て天然の迷宮のようになっているだけで、構造自体はそう複雑なものではなかったようだ。


 もちろん、魔獣との遭遇も一切ない。


 そして、魔族ですらも。


「おかしい……依頼書ではあれだけ報告されていた魔族が一匹もいないとは」


 洞窟内のほぼ全体を見回ったというのに、雑魚の下級魔族すら遭遇しない現状に、ラヴィオラは訝しんだ。

 

 もちろん、目撃された個体の全てがゲートを通って魔界に戻っているという可能性もあるが、まともな被害一つこちら側にない、つまり、魔族たちが何もしていない状態で戻るとも考えにくい。


 そうして何一つ成果のないまま、ついに洞窟の最奥部に足を踏み入れると、ふと、隆也の頭上から、ふわり、と二つの羽が落ちてきた。


 天使のような純白の羽と、そして、闇のような黒の羽の二つ。


「っ――!?」


 瞬間、隆也含めた六人に向けて、まるで全身を巨大の鉄の鎖が巻き付いたような重圧が襲った。


「――あらぁ? おイタが過ぎたバカどもがまだ残ってたと思ったら……随分な大物さんのご登場ね。それに……フフッ」


 大きく口を開けた魔界へのゲートの前に立ちはだかっていた魔族、それは、魔界にその身を堕とした代償として片方の羽を闇に染めた堕天使であり、現四天王の一角である『降魔天将』ゼゼキエルだった。

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