第174話 姫の従者たち


「えっ、あの、えっと……」


 唐突に向けられた敵意にも似た少女の瞳に、隆也は困惑した。


 この世界で出会う人々は、大抵、隆也に良くしてくれているのが、ほとんどである。幸か不幸か、魔族ですら隆也には好意的に接してくれるほどだ。


 なので、初対面でここまで警戒されるのは、何気に始めてだったりする。


「……セプテ、皆と部屋で待っていろと言ったはずだが」


「申し訳ありません、姫様。ですが……」


「『でも』、も『ですが』もない。リーダーの指示を守れないなら、屋敷に戻ってもいいのだぞ」


「っ……はい」


 跪いてラヴィオラに謝罪の意をあらわすセプテという少女だったが、ちらりと隆也を見る視線は、さきほどよりさらに鋭さを増している。

 

 剣を見せてくれ、とラヴィオラにせまったのが、セプテにとっては余程耐えがたいことだったらしい。


「すまないな。この子の名はセプテ。『セブンスフォール』のメンテナンスと、それから私の世話係をやってくれている」


「……セプテ、ですっ」


 それだけ言って、セプテは隆也からそっぽを向いた。どうやら、ずいぶん嫌われてしまったらしい。


「……セプテは、ラヴィオラ様専属の従者でね。姫に悪い虫が近づかないように、って男には大抵あの態度さ。才能はあるが、協調性はない……私としても困ったものだよ」


 すかさず耳打ちしてくれたリゼロッタのおかげで、なんとなく理解することができた。


 それまで一手に引き受けていた役割を、今後は隆也と共同で行うことになる。仕事面で考えれば負担が減って楽になるはずだが……彼女にとって、それは余計なお世話だったようだ。


「姫様の星剣は、これまでと同様、代々管理を任された一族の生まれである私『だけ』が見ます。あなたは、他の凡百どもに尻尾を振っていれば結構ですから」


「……と、いうわけだ。すまんな」


 星剣の管理を任された一族……まるで月花一輪ゲッカの時と同じような状況だが、シマズと違って、アルタナーガはこれで一時代を築いているわけで、なるべく秘密を外に漏らさないように管理するのは当然のことだ。


 意外に順調に進んでいたと思われた計画だったが、ここにきての予期せぬ妨害に、隆也は心の中で小さく舌打ちする。


 まったく、改めてとんでもない依頼を受けてしまったのものだ。


「いえ、こちらこそ、初対面だというのに不躾なお願いをしてしまって申し訳ありませんでした」


 そう言って、隆也はすぐに二人に頭を下げた。今はまだダメでも、何かがきっかけで状況が好転することはままある。『待ち』の時間だと言い聞かせ、隆也は素直に引き下がった。


「ふうん……」


「? え、あの……」


 と、ここで興味深そうに、ラヴィオラが隆也を見ているのに気づいた。


 切れ長の紫紺の瞳は宝石のように美しく、隆也は一瞬、気を失ったように見とれてしまった。


「ああ、すまない。高レベルの素質持ちなんて、大抵、六賢者みたいに偏屈だったり変人だったりすることが多いが、お前はずいぶんまともだと思ってな。実際、私の小隊のメンバーも……」


 と、ラヴィオラが隆也のほうから視線を外した瞬間、


「ええ~? なになに? それアタシらのこと言ってんの? ラヴィってば、ちょっとひどくない? ねえ、エリーもそう思うっしょ?」


「うん。私もさすがにお姉ちゃんの言う通りだと思う。仲間のことを賢者あんなヤツらと一緒にするのは、私、良くない思うな」


 不満げな声を上げる二人の少女の声が響いた。


「……お前たちが『そんなこと』をするから、私に変人呼ばわりされるんだよ。エルゲーテ、それにエリエーテ」


 それもそのはず、苦い顔をして指さしたラヴィオラが示したのは、隆也の両隣。


 そう、全員が気づかれることなく、隆也の両サイドに出現した二人の少女は、隆也の両腕にそれぞれ絡みつくようにして抱き着いていたのだから。


「ねえねえ、キミかわいいね? 何歳? 童貞?」


「え? あの、俺、そういうの間に合ってますから……」


「遠慮しなくていいですよ? さあ、今から私たちのお家で楽しく『お話』を……」


「いや、だから……」


 助けを求めるべく仲間たちのほうを見る隆也だったが、その様子を見た瞬間、すぐに違和感を覚えた。


「あれ? みんな……動いてない?」


 後ろに控えるシーラットのメンバーや、隣のリゼロッタ、そしてセプテさえが、まるで石のように固まって微動だにしていない。


 時を止める魔法かと一瞬思ったが、それなら隆也も止まっているはずである。


「ホラホラぁ、周りのみんなも気にしてないし、パーっとやっちゃお? ね?」


「怖がらないで。ちゃんと優しくしてあげますから」


「はひっ……!」


 両耳をぺろりと舐められ、隆也は反射的に体をぞくぞくと震わせた。


 女性特有の柔らかな感触は、他の女性陣のおかげで慣れてきたが、さすがにそこまで責められると反応してしまう。


 というか、どうして隆也に近付く女性たちはいつも『こう』なのだろう。


「ヘヘン、抵抗しようったって無駄無駄」


「私たちだってちゃんと『マスターズ』の主力魔導士ですから。その私たちの幻惑魔法に抗うことなんて――」


「――いい加減にしろ」


 しかし、隆也の体を撫でまわしていた二人の手が徐々に下半身へと近づいた刹那、七色に煌めく一本の光が閃いた。


 直後、思うように動かなかった隆也の体にも、力が取り戻されていく。

 

 すぐさま二人の拘束から抜け出して、仲間たちのそばに駆け寄った。


「んっ! あっ、もうナニすんのさ、ラヴィ。今いいところだったのに~!」


「私の目の前で下品な振る舞いはよせ。このままでは小隊のリーダである私の品格まで疑われかねん」


「たかが冒険者に品格もなにもないと、私は思うな。ねえ、セプテちゃん、セプテちゃんはどう?」


「私に聞かないでください。まったく汚らわしい」


「そんなこと言って、本当は興味津々なくせに」


「なっ……なにを言い出すのですか、このあばずれはっ!?」


 それまで迷惑を被っていた隆也など忘れたように口論、というかおしゃべりを始めた四人を眺めるリゼロッタが、大きく息をついた。


「すまないタカヤ……四人集まると、いつもこんな感じなんだ。素質と実力は確かなんだけれどね」


「はあ……」


 潔癖症、クソ真面目、痴女二人、それを見守る小さな苦労人。


『得るもの』も確かにあったとはいえ、これからこんな人たちと仕事をしなければならないのか、と若干のめまいを覚える隆也だった。

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