第175話 隆也の現在地


 ひとまず簡単な自己紹介を終えてから、隆也は、仲間たちと別れて、ラヴィオラたちの小隊が使っているという部屋に通された。


 女性だけの小隊ということで、そう広くない部屋の片側に、大きな化粧台と三つの鏡が並んでいて、反対側も、おそらく彼女たちの魔法衣やら私服などがずらりと並んでいた。


「魔法使い姉妹専用だ……私たちもたまに使っているけどね。まあ、見られることも多いから、身だしなみも必要ということで」


「それはそうでしょうけどね……」


 彼女たちの私物だろうか、鏡の脇に置かれた化粧品や香水の甘ったるい匂いに、隆也は顔をしかめた。隆也は人工的に作られた『いい香り』というのが苦手なのだ。


 隆也の周りにも女性は多いが、メイリールがたまに薄く化粧をしているぐらいで、エヴァーやアカネは着飾ることにあまり頓着がないし、ムムルゥは魔族で、ミケは魔獣。


 そのため、想像していた『女性っぽい部屋』に隆也は免疫がなかった。


 というか、単純に緊張してしまっている。


「リゼロッタ、やれ」


「え?」


「了解」


 ラヴィオラが何事か命令すると、リゼロッタが、唐突に隆也の服を脱がし始めた。慌てて抵抗しようとするもつかの間、まるで熟練のスリにでもあったのかのように上半身のシャツを剥がされてしまった。


「え、あの、ちょっと……!?」


「まあまあ、安心しなよ。そこの姉妹みたいにとって食べちゃおうと思わないからさ」


「はあ? なによリゼってば人聞きの悪い」


「お姉ちゃんの言う通りだよ。私たちはただこの子に大人の世界を教えてあげようとしてただけで……」


「それがいけないんだけどなあ……」


 むくれ顔の姉妹二人の声をかわして、リゼロッタは、素肌をさらしている隆也の背中にぺたり、と何かを張り付けた。


 直後、背中の表面に走るわずかな痛み。それは、以前に隆也の素質を見る際に味わった感覚でもある。


「ツリーペーパー……本当は指先だけ借りればよかったんだけど、今は光の賢者の拘束具が邪魔してるからね。ちょっとだけ乱暴をさせてもらったよ」


 測定が終わったのか、リゼロッタが張り付けた紙をゆっくりと取り外し、それをそのままラヴィオラに渡す。自分の目で隆也の素質を確かめたかったようだ。エリエーテ、エルゲーテ、そしてセプテも、ラヴィオラの背中からそれを覗き込んでいる。


 まるで裸を見られているような気がして、ものすごく恥ずかしい。


「これは……!」


「わお」


「じゅるり……おっと涎が」


「っ……!」


 反応は四者それぞれだが、皆一様に驚いているのは間違いない。極端な特徴ではあるが、この世界における隆也の才能は、どこに出しても恥ずかしくない。


 隆也も、当初と比べて、今、どれだけ成長しているのかを知っておきたかったところだ。


「戦闘、補助、魔法の才能、戦闘行為にかかわるレベルは全て0……だが、代わりに、それを補って余りある調合や鍛冶、細工といった素質レベルと、それが可能にする豊富な技能の数々……か」


「ん~……なんかコレ、アタシらも知らないような技能とかが発現しちゃってない?」


「ここまで幅広く、そして奥深い『根』を持っていますから……調査班に回す必要もありそうですね」


「こ、こんな不潔な男がこれほどまでの能力を……?」


 多少なりとも修羅場を経験していることもあり、隆也の成長は彼女らのお眼鏡にかなったようだった。


 レベルが上がることによる一番の利点は、より高度なことが実現可能になる点になる。


 武器の製作一つとってみても、鍛冶レベルと合わせて細工レベルを上昇させることで、より難しい金属を鍛えることができるだけでなく、『鍛冶』によって鍛えた武具に、火や水の属性を『細工』によって付与することで特定の魔獣へ特効をもたらしたり、魔剣や魔槍のように、さらに特別な能力を与えることだって可能になる。


 そうやって同様に他の能力を極めていけば……隆也にとって、大抵のものは一人で創造できてしまうかもしれない。


 だからこそ、彼女たちは、リゼロッタをわざわざ地方都市に派遣し、隆也の要求を全て飲んでまで王都に呼び寄せたのだ。


「私の小隊に今さら男を入れるなどどうかとは思ったが……ふふ、だが、これなら……!」


「……ラヴィオラ様?」


「ん? どうかしたか?」


「あ、いや、なんでもないです……」


 一瞬、ラヴィオラが暗い笑顔を浮かべたような気がしたが、他の四人を見ても、特にそれに気を止める様子はない。いつものことなのだろうか。


「では、隆也の実力の確認を兼ねて、早速仕事だ。ちょうどおあつらえ向きの依頼も、舞い込んでいることだしな」


「え? もう実戦、ですか?」


「安心しろ。前衛は私たちがやるから、お前は今の範囲でできることをやってくれればいい。いざとなれば、切り札もある」


 そうして、ラヴィオラは鞘に収まっている、不気味なほどに静かな星剣へと視線を落とした。


「洞窟迷宮で目撃された謎の魔族の排除依頼……魔族狩りの時間だ」

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