第173話 討魔の姫騎士


 ×××


 魔界から帰ってすぐ、とあることの確認のため、隆也は、ムムルゥを伴い、賢者の館を訪れていた。


「……ライゴウを倒したヤツを教えてほしい?」


「はい」


 隆也とムムルゥが、ほぼ同時に頷く。


 隆也、フェイリア、レティ、そして四天王のムムルゥ。この四人が、その時持てるだけの才能と技能のすべてをつぎ込んでも、倒しきることができなかった斬魔鬼将のライゴウ。


 それを、デイルブリンガーの特殊能力を封じていたとはいえ、周りの六賢者の力すら借りず、たった一人で消滅させたという人間。


「顔なじみの冒険者に依頼した、と、そう言ったはずだが……それじゃ足りなかったか?」


「はい。面倒をかけたということで、いずれお礼にいくかもしれないから、と。その……魔王から」


 エヴァーの顔が、目を見開いたまま固まった。


「……タカヤ、すまんがもう一度言ってもらっていいか? 誰が、お礼にいくかもって?」


「あの……魔王、です」


「会ったのか?」


「はい。詳しいことは、言えないんですけど」


 そもそも、詳しい話は聞けずじまいだったので、秘密、というよりは聞かれてもわからない、というほうが正しいのだが。


 現魔王、つまりは光哉とティルチナの二人だが、彼らは基本的には穏やかな暮らしを望んでいて、過去何度もあったようなヒト間との戦争を望んでいない。


『裏で話し合いができるようならセッティングしてくれよ』――とは、光哉の弁である。なのでこうして、わざわざ賢者の館までこっそり赴いたわけだ。


 成り行きでこうなったが、隆也は、今、人と魔族どちらにも顔がきく唯一といってもいい存在だった。ちなみに、このことを知っているのは、魔界では光哉のほか、四天王ぐらいだ。


「ふむ……まあ、絶対に秘密にしろと言われているわけじゃないから、教えても問題はないと思うが……」


「こ……魔王からは『こちら側から攻撃をすることはない』と約束してもらってます。信用してもらっていいかと」


「そこまで仲良くなったのか。魔王と友達になる人間か……タカヤ、本当にお前ってやつは」


 呆れるように笑って、エヴァーは、仕事場の棚にしまっていた一枚の紙、『クエスト依頼書』の控えを取り出した。


 ×××



「ということは、あなたが『姫騎士』さん……?」


 差し出した手の主を見て、隆也はそう呟いた。


 アルタマスターズ所属の冒険者で、この国を発展させた一族の血を引くお姫様。


 姫騎士ラヴィオラ――彼女こそ、エヴァーの依頼のもと、上級魔族であり魔界四天王であったライゴウを倒した張本人だったのである。


「……ああ。だが、その呼び名は恥ずかしいからやめてくれ。それならまだ名前で呼び捨てされたほうがましだ」


 本人はそう言っているが、まさしくその称号がぴったりの美しさを、ラヴィオラは備えていた。


 これまで出会った女性たちとはまた違った凛とした佇まいに、隆也は恐縮したように頭をぺこぺこと何度も下げた。


「ラヴィオラ様、あの、その剣は……」


「ん……これは我が一族に伝わる宝剣で、名は『セブンスフォール』。対魔族に特化した『星剣せいけん』だ。つい先日も、これで斬魔鬼将を倒した。憎き上級魔族がまた一匹減ってくれたのだ」


 星剣。分類上レベルⅧにあたる、聖剣よりもさらに上のレベルの装備につけられる称号だ。それより上はもう、存在するかどうかすら疑わしいレベルⅨの『神剣』しかない。


「あの……できれば剣を抜いて、刀身を見せてもらってもいいですか?」


「なぜだ? 今は、必要ないと思うが」


「これほどの剣にお目かかるなんて初めてなので……一応、俺もスキル持ちですから」


 セブンスのみで鍛錬された星剣――ここでこれを詳しく『鑑定』することができれば、後々の対策を考える際に重要な情報になってくれるだろう。興味がある云々は正直なところ嘘だった。


「ラヴィオラ様、タカヤにも、いずれはセブンスフォールのメンテナンスをやってもらう時が来るでしょうから、事前にどんなものか慣れされたほうがいいかと」


「ふむ……まあ、お前がそう言うなら」


 リゼロッタからの意見もあり、初めは難色を示し換えたラヴィオラも、納得してくれたようだ。


 隣りのリゼロッタが隆也に軽くウインクをして見せる。隆也の本当の意図に気づいているかは不明だが、助かったことには変わりない。


 だが、ラヴィオラがセブンスフォールの刀身を鞘から抜こうとしたところで、


「ダメです、姫様! そのような者に星剣の姿を簡単に見せるなど!」


 と、そんな声とともに小さな手が、隆也とラヴィオラ、二人の隙間からにゅっと伸びてきたのである。


「えっと、あの……」


「……お前なんかいらない。姫様のパートナーは、私一人で十分だ」


 そう言って、割って入るなり睨みつけたのは、隆也と似たような冒険者の格好をした小柄な少女だった。

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