第172話 七番目 2


 数千年前に月(と思しきところ)より飛来したという『七つの隕石』によって、壊滅的な被害を受けたこの世界。


 人知れずシマズに落下していたゲッカを除いて、唯一、人々に観測された七番目に地表に降下した存在。


 もちろん、影響は全世界に及んだという。とくに、落下地点付近は一瞬にして塵と化した。動物も例外はなく、かなりの種が、それを原因に絶滅した。


 だが、その後、唯一、その恩恵を独占した人々がいた。


「……アルタナーガは、もともと、山のなかにある集落でしかなったらしい。異常気象や冷害、その他の被害を一発でも受ければ、あっという間に困窮してしまうほどの小さな小さな村だった」


 話してくれているのはリゼロッタだった。隆也も、ゲッカからそこまで詳しく聞いているわけではないので、耳を傾けることにした。


「当然、隕石が落下した時点で、草木とともに彼らも消え去るはずだった。そよ風であっさり飛ばされる葉っぱのような彼らだ。それが運命のはずだった」


「はずだった……でも、彼らは生き残った」


「そう。申し訳程度の防空壕に隠れただけなのにね。でも、落下地点のすぐそばにいたなぜか彼らは生き残った。逃げた奴らは消え去ったのにね」


 リゼロッタの視線の先にあったのは、この国で一番大きな建造物であった。


 隕石よりも今も排出され続けているという粒子を独占し、長い歴史をかけて莫大な資産とした一族がいる王様の城を。


「天に選ばれた――そう、城の彼らは口癖のように言っているよ、今もね。まあ、実際そうとしか思えない奇跡だったんだけどね」


 事情を知らない人々から見ればそう思うだろう。神の悪戯か、たったひとつの奇跡をつかんだ、平凡ですらない農民たちの、とんでもない成り上がりの物語。


 街並みに目をやれば、それがよくわかる。


 太陽の光の角度によって、様々な色で反射しているのがわかる。中央部の城壁もそうだし、橋や水路など、都市の機能に重大な役割を果たす設備にもわずかに含有されていることを、『鑑定』技能を持った隆也は把握していた。


「隕石から今も少量ながら排出されている老廃物。それを原料として、加工した鉱石が『七番目セブンス』だ。これは、今この世界で確認されているもので、最も硬く、丈夫なものとされている」


 最も、ということは、聖剣や魔剣の素材である天空石スカイブルーやダークマターよりも一段階上ということになる。


 隆也でも、単独で加工するのは困難を極めるだろう。ゲッカの修理、復元は、ゲッカと二人で協力したからできたことだ。


「聖剣すら赤子同然と化す武器、防具を作れる――さぞかし、他の国は欲しがったでしょうね」


「もちろんさ。実は魔族からも取引の催促があったとされるほどだからね。隕石が及ぼした影響によって、世界は混乱期真っ只中だったし、それを抑えるための武力も必要だったからね」


 そうやって際限なく引きあげられた価値によって莫大な利益を得た『彼ら』は、時代の流れに乗り、これだけの都市を築き上げたわけだ。


「そして、その発展を、彼らの隣で陰ながら支えてきたのが、我々『マスターズ』というわけだよ。どうだい? 多少だけど、君にとっての『石ころ』が、この国にとってはそうじゃないことが分かってもらえたと思うけど?」


「ええ。その……生意気を言ってすいませんでした。俺なんか所詮、シマズから来た田舎者なもので」


「別にいいさ。私個人も、思うところがないわけではないし。ただ、これから会う人にだけ注意してもらえれば……さあ、着いたよ」


 一通り話を終えたところで、隆也は、これから仲間たちと仕事をすることになる職場へたどり着いた。


 城の敷地の隣にたつ、同じくセブンスが含まれている石材を使って建てられた塔。


 この場所こそ、すべてのギルドを統括する本部、アルタマスターズの本拠地。


「おはようございます。リゼロッタ、ただいま戻りました」


 隆也の手を引いたまま、リゼロッタは扉を勢いよく開けて、一行を引き連れて中へ入っていく。


 すると、内部の職員が慌ただしく始業の準備に奔走している中、玄関ホールの中央で、一人仁王立ちしている女性騎士がいた。


「――遅いぞ、リゼロッタ。予定より三十秒、遅れている」


「申し訳ありません、ラヴィオラ様。タカヤを連れてくるのに手間取りました」


「そうか。なら、次は気をつけろ」


「……はい。ほら、タカヤもご挨拶を」


 そう一礼して、リゼロッタは隣にいた隆也の背中に手をやり、ラヴィオラの前に突き出すように押した。


「名上隆也です。シマズの出身で、森の賢者エヴァーの二番目の弟子です。これからよろしくお願いします」


「リゼロッタから報告は受けている。私はラヴィオラ。ここに所属する冒険者たちをまとめている立場だ。部下たちからは『団長』と呼ばれているが、お前はこれから私たちの小隊に入る。呼び方は自由にしてくれ」


 後ろでまとめた紫髪の女騎士――その腰に提げられた『セブンス』のみで構成された長剣を、隆也はじっと見つめていたのだった。

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