第168話 ここまでの代償 1


 翌日。

 

 アカネを説得して一緒に戻ることを約束した隆也は、ようやく本来の目的地へと戻ることになった。


 この世界で最大の都市だという王都アルタナーガに本部を置く、冒険者ギルド『マスターズ』。その本部構成員として、これから働かなければならないのだ。


 しかも、ゲッカの『目的』という、新たな厄介ごとを抱えた状態、のおまけつきである。


「タカヤ殿――この度は、本当にありがとうございました。このご恩は、一生忘れません」


 族長であるフジがそう言うと、見送りにきていた住人たちが一斉に頭を下げた。ただ、隆也としては、ただ姉弟子であるアカネを連れ戻したい一心でしたにすぎなかったので、ここまで感謝されるのはむず痒い。


「そう思うのならフジよ、弟子の恩に免じて昔の借金を帳消しにしてくれるとありがたいのだが――」


「タカヤさん、娘のこと、これからよろしくお願いしますね? いつもはツンツンしてるけど、惚れた人にはとことん尽くすタイプですから、多分」


「ほ、惚れた人って……お母さま、私は別にそんな気持ちでコイツについていくわけじゃ……」


「相変わらず素直じゃない孫娘じゃの。そんな悠長に構えて、他の女子おなごどもに隆也殿を奪われても知らんぞ?」


「お、お祖母様まで……!」


「こら、親子三代そろって私を無視するな。私、賢者なんだぞ? おい、タカヤからも何か言ってくれ」


「何のお金かは知りませんが、師匠は耳をそろえて椿原家に借金を返してください。あと、俺も協力しませんからね」


「……タカヤのケチ」


 ぶうたれる師匠は放っておくとして、隆也は、アカネの手に握られているゲッカを見る。昨日、隆也はゲッカに、自らの主をアカネへと変更するように命じている。ゲッカの声は持ち主にしか聞こえないようになっているので、もう隆也の頭の中に、口やかましい忠告は響かない。


「それよりアカネさん、本当に一人で修行するつもりですか? ゲッカの力の制御なら、俺と一緒にいたほうが安全なのに……」


 結論から言うと、アカネはいったんシマズに残ることとなった。


 ゲッカにはアカネに従うよう命令はし、従ってはいるが、アカネによると、なかなか命令に従って力を解放してくれないのだという。


 なので、力ずくでも彼女を認めさせるつもりようだ。しかも、誰の力を借りることなく一人で。


「大丈夫だ。お前についていくと決めた以上、これぐらいのじゃじゃ馬、一人で制御してみせないとな。心配するな、時間は少しかかるかもしれないが、期限までにはかならず間に合わせてみせる。じゃないと、そ、その……ふさわしくない、というか……」


「? あの、なにがふさわしくないんです?」


「なっ、なんでもない。じゃあ、時間が惜しいから私は先に戻るからっ!」


「あっ、ちょっと……」


 そう言って、ゲッカを携えたアカネが逃げるように隆也のもとから去っていった。残された面々からの生温かい視線が、残された隆也に注がれる。


 何はともあれ、後はアカネのことを信じるしかない。隆也以外にはものすごく厳しいゲッカだが、アカネもこれだけ啖呵を切った以上は、きっとやり遂げて、隆也のもとに戻ってきてくれるだろう。


 それまでは、隆也も、シーラットの皆も、そして、その他の仲間たちも我慢のしどころである。


「ふむ……挨拶は一通り済んだところで、王都に戻るとするか。タカヤ、ミケ」


「はい」


「うん」


 転移魔法が展開されたところで、隆也は、もう一度おもむろに自分の荷物を確かめた。急な寄り道ではあったが、そのおかげで得たものも多くあった。王都でも、きっとそれは大きな役目を果たしてくれるだろう。


「素材はあるし……調合しなおしたアイテムもある……あとは、シロガネも――」


 と、隆也が荷物袋に入っていた相棒を腰に提げようとしたところで、ふと、手から、するりとそれが滑り落ちた。


「あれ? ちゃんと握ったはずなのに……ごめんシロガネすぐに拾う――」


 そうして、慌ててかがみこんだ瞬間だった。


「うっ……なんだ、急に……」


「どうしたのごしゅじんさま?」


「? どうした。腹でも下したか?」


「あ、いえ……その腕がちょっと痺れた感じがしっ……ッ!」


 直後、隆也の両腕を、耐えがたいほどの痛みが襲い掛かった。それまでクリアだった視界が一瞬でかすむほどの急な激痛に、隆也は我を忘れたように地面に倒れ込み、苦痛にのたうちまわる。


「ごしゅじんさま!」


「タカヤ!」


「ぐっ……なんで、どうして……痛い、痛いッ……!!」


 腕の中から食い破られるような感覚に、隆也は苦悶の表情を浮かべている。以前にクラスメイトたちに傷つけられたときと同等か、それ以上の痛みである。


「…………!」


「……」


 かすむ視界に皆の顔が映し出された。ミケ、エヴァー、そしてお世話になったシマズの人々。何を言っているかはわからないが、全員が隆也の名を呼んでくれている気がした。


「……う、だ……らず……なおして……」


 エヴァーが、隆也に向かって何かを呼びかけている。はっきりと聞き取ることはできないが、『治して』と言っている。


 何の異常か病気かはわからないが、こうなった以上は、師匠のことを信じるほかない。


 ――すいません、師匠。


 力を振り絞ってそう呟いた後、隆也の意識はすぐさま闇へと落ちていった。

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