第169話 ここまでの代償 2


 原因不明の激痛に襲われてどうなるかと思われた隆也の容態。


 しかし、側にエヴァーがいてくれたこともあって、その処置は驚くほどに早いものだった。


『――それで、どうだ? 治りそうか?』


『う~ん……そうですねえ……問題ないと思いますよお。能力の使用、とりわけ錬成の使用は絶対厳禁ですけどぉ』


 徐々に意識を取り戻していく隆也の頭に、とある二人のやり取りが響く。


 寝かされているらしいベッドからの視界にいる二人。


 一人はもちろん師匠であるエヴァーだが、もう一人は、隆也の知らない女性だった。隆也の手を両手で握り、何事かを呟いている。


 気絶する前に感じていた痛みはない。というか、両腕の感覚がそれほどないので、もしかしたら麻酔などで抑え込まれているのかもしれない。


「う、あの、あなたは――」


「あら、意識も戻ったみたいですねえ。こんにちは、森んとこのお弟子さぁん?」


 白く輝くプラチナブロンドに、銀色の瞳をした女性が、隆也に微笑みかける。


 語尾が少し伸びる特徴的な喋りとほんわかとした雰囲気は、意識を取り戻したばかりの隆也の混乱と緊張を解きほぐしていく。


 エヴァーとはまた違ったタイプの美しい女性だった。


「私は、この人……森の賢者のお友達で、エルニカっていいますう。まあ、皆からは『光の賢者』って呼ばれることが多いぃかなあ」


 光の賢者。


 ということは、この人もエヴァーと同じ『六賢者』の一人ということになる。


 ということは、師匠はこの人に治療を依頼したのだろう。


「タカヤ、腕の痛みはどうだ? 他に気になるところは?」


「大丈夫、だと思います。腕の感覚がないぐらいですかね」


「エルニカに処置してもらって、スキルの使用を封じてもらっているからな。今は包帯やらなにやらでぐるぐる巻きだ」


 彼女の言う通り、隆也の腕全体をコルセットのようなものが覆っていた。肩を使えば腕全体を動かすことはできるが、指は一本たりとも動かせない。


 調合ぐらいなら補助さえつけば問題ないだろうが、細かい指の感触が必要な細工だったり、武具の製作などは無理だろう。


「多分、もとから素質の成長に体の成長が追いつききれなかったんでしょうねえ。まだ十分に鍛えられてない中で、天空石の錬成やら星のかけらの再構築――魔力回路がズタボロになってもしょうがない、ってところでしょうかぁ」


 アカネを説得するという理由があったとはいえ、今思い返してみると、ずいぶんと無茶をしたものだ、と隆也も思う。経験値は格段にあがったはずだが、体まで壊してしまっては元も子もない。


 特に、魔力回路は、スキルを使う上でもっとも重要な役割を果たすことは、シマズ滞在時から嫌というほど実感させられている。


「私じゃ修復できないぐらいにズタボロに千切れてたから、さすがに焦ったよ。エルニカの予定が偶々空いててよかった」


「空いてた、じゃなくてあなたのために『空けたん』ですよお。ものすごく血相変えて遠隔伝言テレパスを飛ばしてくるなんて、初めてのことだったから」


「そっ、そこまで慌ててなんか」


「いいえぇ。ちょっと、いや、だいぶ涙声でしたよお。『タカヤがタカヤが』って、そればっかり言ってそれはもうたぁい変――」


「気のせいだよ! ……き、気のせいだからな?」


 耳まで真っ赤にさせたエヴァーが、隆也を見て言う。ここまで可愛らしい一面を師匠が見せてくれるとは思わなかったので、とても新鮮に感じる。


 さすがは光の賢者、といったところだろう。


「あの、師匠……すいませんでした。俺、アカネさんやシマズの人たちを救って調子に乗ってて……こうなることなんて、まったく考えてなくて」


「いいさ。弟子の不出来は師匠の責任だからな。気に病まず、今はしっかりと体を治せ。それまでは私が一緒にいてやる」


「はい、ありがとうございます」

 

「ああ。ほら、そんなわけだから、もう寝ろ。明日になれば、みんなにも合わせて――」


 と、エヴァーが隆也の体に毛布をかけなおそうとしたところで、


「タカヤ!」


「タカヤ様っ!」


「ごしゅじんさまっ!」


 と、いきなり三人の少女がどかどかと部屋に雪崩れ込んできた。


 メイリール、ムムルゥ、ミケ。何かと隆也にべったりしたがる、いつもの三人でだった。王都にいるはずのメイリールとムムルゥがいるので、どうやらすでに目的地にはいるらしい。


「三人とも、心配かけてごめんなさい。でも、もう大丈夫だから」


「い~や、ダメっス! やっぱりタカヤ様には私が必要だと思うんで、これからタカヤ様の筆頭メイドである私が、朝から晩まで、上から下まで何からナニまで徹底的にお世話を――」


「ま、またムムルゥちゃんはそんな下品なことば――タカヤ、この子の話は聞かんでいいけんね!」


「ごしゅじんさま、したいことあったらなんでもミケにいって?」


 改めて思うが、三人束になるとものすごい圧力だった。これにエヴァーと、それからこの後アカネや下手したらレティが加わるので……。


「うふふ……タカヤくん、モテモテだねえ」


「エルニカさん……その、出来れば助けてほしい、ですが」


「えぇ、どうしようかなあ……っと」


「うわっ!?」


 そう言って、今度はエルニカまでもが調子に乗って隆也の腕に抱き着いてきた。

 

 師匠と較べて、よりふくよかで柔らかい感触に隆也は思わず赤面してしまった。


「うふふ、ああ、やっぱりこの子『いい』なあ。ねえエヴァー、治療してあげたんだから、ちょっとだけタカヤくんのこと、貸してくれないかなあ?」


「ちゃんと報酬の約束はしたろ。それに、お前のところなんかに預けたら、ウチの弟子がおかしくなってしまう」


「あら人聞きの悪い。ウチは他の賢者のところより、ずいぶんいいところだと思うんだけどお」


 女性五人によってもみくちゃにされる中、その向こうに、呆れた顔をした社長と副社長、それにダイクとロアーが見える。


 能力の一時使用不能という災難に見舞われてしまった隆也だったが、不思議とそれに対しての焦りはない。


 こうして、隆也は王都での第一日目をスタートさせることになった。

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