第140話 太陽の解体屋


 メンバー全員の奮闘によって、なんとか一位を取ることが出来た隆也達シーラットは、その日の夜、社員全員でささやかな祝賀会を開いた。


 全員に、琥珀色の液体がなみなみと注がれた木製のジョッキが行き渡ったことを確認して、社長であるルドラが杯を大きく掲げる。


「明日から、俺達がこのベイロードの都市代表ギルドになる。これからまた忙しくなるだろうが、その分は、きっちり給料として返していくから。あと、皆、俺の『半裸で逆立ちベイロード一周』を阻止してくれて、本当にありがとう!」


「よっしゃ、乾杯~!」


 すでに別の店で一杯ひっかけてきたらしいダイクの言葉を合図に、皆がジョッキを激しく打ち合わせる。メイリール、ダイク、ロアー、ムムルゥ……みんな満面の笑みを浮かべていた。


 もちろん、隆也も。


「……ぷはっ!」


 よく冷えた麦酒の苦みは、やっぱりまだ慣れない。しかし、ギルドの皆と飲むこの味は、格別なような気がした。


「ふむ……こういう集まりというのは、正直苦手なのだが……こうやって外から見ていると、まあ、悪くはないのかもな」


 言って、アカネが隆也の隣に腰かけ、ジョッキに注がれた酒を一口、口に含む。一位になれたのは、彼女の助けがあったからこそなので、特別ゲストとして参加してもらっている。服装は、いつもの袴姿だ。


「俺も、アカネさんと同じ気持ちですよ。ここに来るまでは、何をするにも一人ぼっちでしたから。でも、今は、こうして皆とバカ騒ぎできるのが、とっても幸せかなって」


「…………」


「……えっと、どうしたんですか?」


 ふと、アカネがこちらをじっと見つめているのに隆也は気付く。お酒のせいで少し気が緩んでいるのだろうか、姉弟子の瞳は、いつもお目にかかるそれとは幾分優しいような気がした。


「ああ、すまない。ちょっと見ない間にますます成長した、と思ってな。師匠あのひととともに館に来た当初とは、面構えがまるで別人だ」


「そ、そうですかね? あんまり自覚はないんですけど」


「男子三日会わざれば括目して見よ、というやつだ。初めのころ、館から出るころ、そして今だ。本当に、変ったよ、お前は。そう、いつまでも館を出られない私なんかとは違って……」


「アカネさん……?」


 皆の馬鹿騒ぎがだんだんと大きくなる中で、アカネだけ一人、自嘲するように笑った。一人だけ、まるで蚊帳の外に取り残されたように。


 普段から冷静で、いつの時でも隆也の助けになってくれていた姉弟子の口から、ぽろりとこぼれ落ちた言葉に、隆也は思わず戸惑ってしまう。


 なんと声をかければいいだろうと、彼がそう思っているところに、宴会場と化した酒場の扉が勢いよく開けられた。


「すまないな、皆。コイツの仕事が終わるのを待ってたら、遅くなってな」


「師匠」


 ローブの胸元を大きく開けたいつものスタイルで、エヴァーが、一人のとある少女を伴って現れる。


 今朝の結果発表の時に見た太陽のネックレスをした、栗毛色の髪の女の子は、間違いない。本部の所属だというリゼロッタだった。


「やあやあ、すまないなシーラットの諸君。本部あっちとの業務連絡に少々時間を要してしまった。ここのお代は、特別に私のポケットマネーから出しておくから、皆、気兼ねなくやってほしい」


「いいのか? そんなことを言ったら、こいつら店の分まで全部飲み干してしまうかもしれないぞ?」 


「これまでのお詫びも兼ねているからね。まあ、足が出た場合は経費で落とすことにするよ。その位だったら、なんとかなるだろう」


 そう言って、リゼロッタは酒場の店主へ、淡い燐光を放つ白金色のコインを数枚投げわたした。ギルドでも滅多に見ることのない十万S硬貨、だったと隆也は記憶している。


 店主がそれを大慌てになってお手玉している。さすがは本部の冒険者といったところだろう。


「……で、キミが森の賢者の秘蔵っ子、タカヤだね?」


「名前……リゼロッタさん、俺のこと知っているんですか?」


「ああ。六賢者会議の時、隣の人が、随分と自慢していたからね。機会があれば、同じ仕事をするものとして、話をしたいと思っていた」


「師匠、俺のことを『秘密にしておきたい』って言ってたの、誰でしたっけ?」


「他の奴らとそういう話になった時につい、な。しょうがないじゃないか、お前のこと、自慢したかったんだから」


 弟子に言いとがめられた師匠が、口を、ちょんと、とがらせて軽く反論する。仕事をしていれば遅かれ早かれ隆也の存在は知れ渡るので、隆也的には、別に言ってしまっても構わなかったりはするが。


「あれ? ちょっと待ってください。リゼロッタさん、さっき、同じ仕事をするものとして、って……」


「ああ、私は『アルタマスターズ』の幹部ではあるけれど、会社に戻れば冒険者、いや、一人の解体屋だからね」


 そうして、リゼロッタが一つの黒く輝く石ころのようなものを取り出した。


 それは、隆也が長角猪ロングホーンボアの角を採取した際に、何かの足しになればと思い採取していた、角の根元付近から出てきたものだった。


「こんなところでなんだが……タカヤ君、キミを我が本部『アルタマスターズ』にスカウトしたい。これは、私個人の判断ではなく、本部全体として決まったことだ」

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