第141話 スカウト


「え——?」


 隆也を、スカウトしたい。


 リゼロッタからの突然の申し出に、その場にいたほぼ全員が固まってしまった。


「タカヤを本部に……リゼロッタさん、そりゃあ冗談でしょう?」


「いいや、本気だよルドラ君。最終的な判断を下すのは私だが、それも問題ないだろうと判断した。これを見れば、誰だってそう思うよ」


 言って、リゼロッタはルドラへ先程の黒い輝石を投げ寄越した。シーラットの皆から見れば、それはただの真っ黒な石ころでしかないが、リゼロッタにだけは、おそらく本部でトップレベルの加工系スキルを持つ彼女には、それが何なのかを正確に理解していた。


「――真芯石ましんせき、という。大抵の魔獣から魔石というレア素材が取れるのは周知の事実だが、これは、その中でも特に採取が難しい上位レア素材だ。どの魔獣からでも出てくる可能性はあるが、確率は極めて稀。そしてやはり高レベルの素質が必要だ。本業の私でも、お目にかかる頻度はそう多くない。これだけでもかなりの価値だ」


 それを、隆也はそう討伐の難しくないナガツノで、一個ではなく、複数個採取している。


 運の良さももちろんあるだろうが、彼女の言うことを信じるなら、隆也は、その価値を知らぬうち、何気にものすごいことをしてしまったらしい。


「ちなみにリゼロッタさんのレベルは……?」


「解体のみでいえば『Ⅷ』かな。レベルⅨの冒険者ならウチにも三人いるが、生産・加工に特化した『根っこ系』はいない。エヴァーからも聞いたが、タカヤ君、キミは『勇者』パーティにも入れるだけの器を持っている」


 勇者パーティ。隆也にも聞いたことがある。王都にいるという、レベル『Ⅸ』の素質持ちのみで構成された冒険者集団。


 先日倒された斬魔鬼将ライゴウを倒したのも、この中の一人だとエヴァーからは聞かされている。


 隆也が持てる才能の全てを注いで創り上げた魔槍トライオブオールを装備したムムルゥですら、あらゆる小細工を弄しても自身では倒すことのできなかった魔界四天王の一角を、たった一振りで消滅させたという化物みたいな集団。


 その中にすら隆也は入ることができるのだ、と彼女は言っているのである。


「タカヤ君、一応聞いておくが、今のキミの収入はいくつだ? 月収でいいから、正直に答えてほしい」


「えっと、七万S……ですね」


「君の言い値でいいよ。いくら欲しい?」


「え……!?」


 あっさりとそう言ってのけたリゼロッタに隆也は驚く。


 いくら欲しい? と、未記入の小切手を渡されるようなことが、まさか本当に起こるとは思わなかった。


「じゃあ百万Sぐらいでも、全然構わない、ってことですか?」


「そんなものでいいのかい? それだと私の半分くらいしかないが」


「「「……‼」」」


 メイリール、ダイク、ロアーの三人が絶句する様子が隆也の目に移る。冒険者にも収入の格差があるのは百も承知だろうが、まさに天と地ほどの差を目の当たりにすると、誰だってこうなってしまうだろう。隆也も、今まさに彼らと同じような状態だった。


「っと、驚かせてすまない。でも、それだけ私、というか『本部』の本気度合は伝わったと思う。細かい雇用条件はこの後詰めることになるだろうが、キミの希望はできるだけ尊重するしね。どうだい? 決して悪い条件ではないと思うのだが」


「しかし……私どもとて、この子には相当な期待をかけています。そのための設備の作りましたし、借金も」


「なら、それも私達が肩代わりしよう。無理を言って人材を引き抜くのだから、それぐらいのことはしないとね。代わりの人間を数人、本部から補充しても構わない。どの道『支部』になれば、今以上の人手は必要になってくるからな」


「ぐ……」


 こうなると、フェイリアもそれ以上言い返すことはできなかった。


 確かに隆也は雇われてはいるが、もちろん強制ではない。なので、代わりの人材や借金の件など、本部がきっちりと補償をしてくれるのであれば、後は隆也の意志次第である。


 条件面でいえば、リゼロッタの話に乗ったほうがいいのは明白だ。本部としても待望のレベル『Ⅸ』を引き入れるとあれば、どんな希望でも通してくれるだろう。


 手を伸ばせばすぐにでも得られる破格の条件だが、しかし、隆也はリゼロッタへ深々と、丁寧に頭を下げた。


「すいませんが、お断りします」


「タカヤ……!」


 その言葉に、真っ先に嬉しそうな顔を浮かべたのはメイリールだった。彼女にしてみれば、せっかく見つけた仕事・プライベートにおけるパートナーとなりえる可能性のある彼を、横から大枚をはたいて掻っ攫われることなど、面白くもなんともないだろう。


 無欲で優しい隆也がこんなあからさまな話になびくわけがない、シーラット一同がほっと胸を撫でおろそうとしたその時、


「――と言いたいところですけど、条件次第では、考えないこともありません」


 隆也が続けた言葉は、意外なものだったのである。

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