第128話 腹が減っては


「――では、これより都市代表ギルド決定戦の内容について説明する。参加する諸君、まずは先程配布した資料を確認してほしい」


 時刻になって、支部シーサーペントの代表であるミゾットが、玄関ホールに集まった他ギルドの冒険者たちのほうを見渡した。


 ルドラと口論まがいのことをしていた時とは違って、その表情は能面を付けたように無表情で冷静だ。


「現在我々のほうで受けている依頼に『長角猪ロングホーンボアの狩猟』というものがある。最近、ベイロード周辺地域に群れで表れては村の作物や家畜を食い荒らしているということだ。諸君らには、これの解決にあたってもらいたい」


 資料を見ると、一頭狩るたびに、その大きさに応じて、およそ一千~一万S《セルチ》の報酬が用意されているようだ。そちらは、結果如何に関わらず、決定戦終了後に支払われるという。


「都市代表ギルドになる条件……それは、この任務で『もっとも多くの報酬』を稼ぐこと。この一点である」


 現支部のやり方に文句があるのなら、結果で示せ、ということだ。


 ちなみに期間は、現時刻から次の日が昇るまでの間の丸一日。移動時間ももちろん含まれており、次の日の出までにギルドに集まっていなければ失格となるルールだ。


 そんなわけで、あまり時間もなかったりするのだが。


「これで説明は以上――では、諸君らの健闘を祈る」


 ミゾットが言い終わるやいなや、参加者たちが一斉に建物から出て行った。群れがいるといっても、数は多くてせいぜい百かそこら。討伐数を競うのであれば、早いもの勝ちになる。


「……タカヤ、俺達も急ぐか?」


「うん。でもその前にちょっとだけ寄り道したいんだけどいいかな?」


「そりゃ構わねえが……何をするつもりだ?」


「ねえダイク、ロアー……ちょっとさ、お腹が空いてきたころだと思わない?」


 焦る二人を安心させるようにして、隆也は余裕の笑みを浮かべたのだった。



 × 



 決定戦はすでに始まっていて、他のギルドはすでに群れが発生していると思しき場所へと散って、捜索を始めている。


 本来であれば、隆也達もその行動に倣うべきところなのだろう。だが、


「はい、みんな出来たよ。ちょっと早いけどお昼ご飯にしよう」


 シーラットの隆也以下メンバー五人は、ベイロードからほど近い森の中に湖で、今ものんびりと食卓を囲んでいたのだった。


「はい、ロアーの分。ちょっと身に小骨が入ってるけど、そのまま食べちゃって問題ないから」


「あ、ああ……」


「ダイクはこっち。あ、ちゃんとスープまで全部飲んでよ。肉から溶け出してる栄養もあるから」


「お、おう……」


「メイリールさんと、それからムムルゥはこっち。味付けは薄めにしてるから、足りないなら塩か胡椒で味を調整して」


「「は~い」」


「それじゃあ、いただきます」


 言って、仲間たちは隆也の用意した食事を黙々と口に運んでいった。


「……」


「……」


 湖で釣った魚や道中で狩った小さな動物、採取した野菜や木の実を現地調達しただけだが、それでも隆也の作った料理は美味い。武具や回復薬、その他調合用の素材は没収されたが、それなら道中やもしくは現地で何とかすればいい。


 現地調達は冒険の基本だから、決定戦でもそれは禁止はされていない。


「えへへ、やっぱりタカヤ様の料理はオイシイっすね。最近よく食べるんで、ちょっと太っちゃったんスよ」


「え? それで太っとうと!? 全然おなかにお肉ついてないやん、私なんか調子悪い時とか鷲掴みにできるとに……」


 当初はいがみ合っていたメイリールとムムルゥだが、なんだかんだで、今はこうしたガールズトークができるくらいには仲良くなったようだ。もちろん、ムムルゥには『ちゃんとみんなと仲良くするように』と命令しているのもあるが、嫌そうな様子は一切見られない。


 それぞれのお腹をつまみあう二人の姿は、なんというか、とても微笑ましい——


「「――って、いやいや! ちょっと待てお前ら!」」


 と、ダイクとロアーが、シンクロしたかのように同様の声を上げた。普段あまり意見の一致することない二人だから、この光景はちょっと珍しい。


「どうしたの二人とも? そんな慌てた顔して」


「いやいや、それはさすがに慌てないとまずいだろ」


「……もう決定戦が始まってから随分経つ。おそらくだが、すでに狩りが始まっていてもおかしくない。腹ごしらえは大事だが、少しのんびりしすぎじゃないか?」


 二人の言うことも一理ある。報酬のメインは獲物の首になるのだから、他に先んじて多く狩ってしまおうと考えるのが普通だ。


 長角猪は、個体の大きさにもよるが、通常サイズならメイリール達三人でも十分に狩れるほどのレベルで、それほど強くはない。今回はムムルゥも助太刀してくるれるのでなおさらだ。

 

 ただ、それも、装備品がきちんとしていれば、の話だが。


「……ねえダイク、さっき支給品でもらったナイフをもらえない?」


「? ああ、ほらよ」


 隆也がおもむろに鋼の短剣を受け取ると、そのまま、脇にある大きな石に向かって刃を振り下ろした。


 安物とはいえ、材料は鋼。石とぶつかったぐらいでは、そうそう壊れるはずはないのだが。


 —―パキンッ!


「なっ……!」


「……やっぱり」


 隆也の思った通りである。


 鋼の短剣でこれなので、槍や弓など、他の装備もこんな感じですぐ壊れるよう細工されているはずだ。回復薬も、飲んだらごく軽い麻痺毒にやられるもので、粗悪品なんてものではない。


「多分、俺達以外の参加者もこんな感じだと思う。斬りかかった時点で武器が壊れて、あっさりと返り討ちに遭うって寸法だね」


 そして、支給品が渡される際にちらりと確認をしていたが、シーサーペント、つまり支部の面々に支給されたものだけは、きちんとした正規品というわけだ。


 ミゾットは上手に隠し通せたと思っているだろうが、これまでの経験で培われた隆也の鑑定眼にかかれば、姑息なやり口など、こうしてあっさりと看破されてしまうのである。


「さて、と。お昼ご飯もお腹に入ったことだし、そろそろ俺達も動き出すとしますか」


 種がわかってしまえば、後でいくらでも対策を打つことができる。


 というわけで、早速攻略開始だ。

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