第129話 攻略 1
特徴は、名前にもある通り、額に生えた刃物並に鋭い角。それを使って、自身では届かないところにあるような木の実や果実などをとって、日々の糧としている。
雑食だが、人里に降りることは滅多にない。無闇に刺激さえしなければ大人しく、途中でばったり遭遇しても、近づかなければ危害を加えることもない。
そのはず、だったのだが。
「……うん、これはひどい」
家畜が荒らされたという村に足に踏み入れた瞬間、鼻を襲ったとてつもない臭気に、隆也は思わずそう呟いた。
乱暴に畑を荒らしたことによる食べ残しが腐っているのと、その他は、豚や牛だろうか、鋭い角や牙で食い破られている。同じく、腐敗が進んでいた。
作物や家畜、もしくはヒトの味を覚えてしまった獣は、以後もそれらを求めて、本来の野山ではなく人里に降りてくるという。なので、脅威が去るまで、ここに戻ることはできない。
「……タカヤ様」
「? どうしたの、ムムルゥ」
「いるッス。ちょっと遠いっスけど、三匹。新しい餌が来たぞって、そんな感じっスかね?」
と、着いた途端すぐさま標的の気配を感じ取ったムムルゥが、奥の草むらを指差した。
確かに言われてみると、草むらに紛れて魔獣の毛皮らしきものが動いたのが見えたような気がしなくもないが、その程度である。
「他ギルドの狩り残しかな……わかった、大きさは?」
「小さいのが二匹と、それから普通のが一匹ッス。どうします? 全部狩るッスか?」
「いや、大きい奴一匹だけでいい。後の子らは逃がしてやって、別のことに役立ってもらおう」
おそらく親子だろうが、家畜の味を覚えた以上、可哀想だが、もうどうしようもない。
「ごめんね、ムムルゥちゃん。武器が使えないと、私達、あんまり足手纏いにしかならないから……」
「構わないっスよ。あとでちゃんとタカヤ様のために働いてくれれば」
言って、ムムルゥは闇魔法で隠蔽していた魅魔族の角と翼を出現させた。他ギルドはすでに移動しているのか、周囲にその様子を見られることはない。
「ムムルゥ、遊ばなくていいよ。やらなくても、多分、呼んでくれるだろうから」
「りょう——かいっ!」
言って、ムムルゥは翼をはばたかせて、一気に上空へと飛翔した。かなり強い力で地面を蹴ったはずだが、周囲の草木が風圧で揺れたりといったことは一切ない。
隆也の視線の先にいる(と思しき)ナガツノは、その瞬間、一体なにを思っただろう。五人いたはずの標的が四人に減ったことにきちんと気付けていただろうか。
ただ、気づいていてもいなくても、その先の結末は変わらないのだけれど。
――ゴァッ!??
音もなく標的に降下したムムルゥがナガツノに鋼の槍を突き立てると、ナガツノは、抵抗することすら許されずにそのまま、その巨体を草むらへと横たえさせた。
その様子をすぐ真横で見ていた子のナガツノたちは、槍を突き立てたムムルゥの姿に驚いたのか、ぴいぴいと甲高い鳴き声を上げ、一目散に逃げ出していく。
「――はい、っと。まあこんなもんッスかね。タカヤ様の言う通り、やっぱり一発で槍はぶっ壊れましたけど」
「「「は、ははは……」」」
三人が魔族姿のムムルゥを見るのはこれが初めてではないが、実際に戦う姿にお目にかかったのは初めてのようで、一瞬の間に見せた蹂躙に、皆かわいた笑いをうかべている。
「ね、ねえタカヤ……もしかして、ムムルゥちゃん一人いれば、私達、もしかしていらん子やったりせん?」
「そんなことないですよ。ムムルゥは確かに強いですけど、気分屋で戦闘の出来にムラがありますし。大型の魔獣とかと戦わせるにはうってつけですが、細かい仕事は大の苦手なので」
ライゴウなどといった強い敵と戦う時は脅威の度胸と力を発揮するムムルゥだが、それ以外だとイマイチ仕事ができない。ちなみに、先程の昼食の食材にもなった小動物を狩るときなんかも、すばっしっこく逃げる獲物にイライラして、結局はメイリールとロアーに任せた事情もある。
「と、そんなわけで、これからのメインはメイリールさん、ダイク、ロアーの三人にお願いします。装備は、今しがた狩ったナガツノの角と牙を素材にするから」
「ん? と、いうことはタカヤ……お前、もしかして『主』は狩らないつもりでいるのか?」
「うん。大物狩りは、今回はしないでおこうかなって」
ロアーの疑問に、隆也はあっさりと答える。
主とは、それすなわち魔獣の群れのリーダー格である。百体を超える規模の群れであれば、大きさも、先程ムムルゥが狩ったものとは比べ物にならないはずだ。狩れば、それなりの報酬も見込めるだろう。
だがしかし、やはりそれもきちんとした装備があってのことだ。
ナガツノの角も牙も悪くない素材だが、それでもきちんと製錬した鋼や赤鉄と較べると劣る。
――ブオオオオオオオオオッッ!!
と、そうこうしている内に、すぐさま地面を揺るがすほどの大咆哮が辺りに轟いた。おそらく、わざと逃がした子の二匹が仲間、というか群れを呼んだのだろう。
「っと、どうやら運よく主が近くにいたみたいだ。それじゃあ早速、次の作戦に行くとしましょうか、ねえ、皆?」
「「「……」」」
「あれ、皆どうかした……?」
手早く獲物を解体して素材を道具袋に放り込んだ隆也だったが、そんな自分を見る仲間達三人の視線がなぜか痛い気がしてならない。
「あ、いや別に……ま、まあ、タカヤが生き生きしとうとなら、それでいいっちゃないかなと私は思っとうけど。ね、ダイクもロアーもそうよね?」
「ああ、まあ……」
「うん……いんじゃねえの、別に?」
メイリールが言うと、隣の二人も首を上下にふって同調した。
おそらくだが、どうやら若干引かせてしまったらしい。
ご主人様はたまに突拍子もないことをなさいますよね——そんなレティのいつかの言葉が思い出される。
「……タカヤ様。私は、どんなタカヤ様でもタカヤ様の側にいますから、安心してもらって大丈夫っスよ?」
「えっと、うん……ありがとうございます」
仲間達からの生暖かい視線に耐えつつ、隆也は火照る顔をなんとか抑えて作業に取り掛かるのだった。
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