第127話 決定戦開始 2


 白服の姿が現れた途端、それまで努めて冷静に抗議をしていたルドラの顔が苦いものに変わっていく。


「……よう、お坊ちゃん。久しぶりじゃねえか、ちょっと見ないと思ったら、こんなところで詐欺まがいの行為に手を染めやがって。これじゃあ、王都のパパとママもさぞかしお嘆きになられるだろうな」


「黙れ、このドブネズミ。そういうお前は相変わらず底辺を駆けずり回っているくせに。お前、本当に栄えある『マスターズ』の一員だったのか?」


「んだとぉ……!?」


「フン、ちょっと頭に血が上ったらすぐそれだ。まったく、お前はいくつ歳を重ねれば大人になるのやら」


「「……」」


 言葉を交わした途端、場の空気が一点して重苦しいものに変わる。


 会話の内容から推察するに、おそらく二人は顔なじみだということはわかる。仲のほうは、まあ、お察しの通りだろう。


「……副社長、あの白服の人は?」


「あいつはここの現『支部』、シーサーペントの代表を務める男だ。名をミゾット。社長ルドラの元仲間、というところかな」


「じゃあ、さっきのマスターズの一員だったっていうのは……」


「ん? ああ、ルドラはベイロードに来る以前は、『アルタ・マスターズ』で冒険者をしていたんだ。ここで私と『シーラット』を立ち上げたのは、そこを辞めてからだな」


 小さなギルドの社長という立場ながら、なぜか隆也の師匠であるエヴァーと付き合いがあったりと意外に顔の広い彼だったが、この世界で最も大きな規模のギルドの中心で働いていたとなれば納得である。


「へ~、それは私も初耳やね。でも、それならどうして社長おいちゃんは『マスターズ』を辞めてしまったと? そこでずっとやっとけば、お金も、地位も、今よりずっと良かったはずなのに」


「うん……それは、まあなんというか……そうなんだが」


 メイリールの疑問に、フェイリアが頬を僅かに赤らめ俯いた。多分、そこで社長と副社長の出会いというか馴れ初めが絡んでくるのだろう。


「ところでミゾット、装備の回収ってのはいったいどういうつもりだ? 紙にそんなことは書かれていなかったが?」


「それはさっき部下が説明した通りだ。持っている武具の性能差でなく、純粋に参加者の素質や能力のみで競い合わせて優劣をつけようという『本部』の決定だ。もちろん我々も同じものを使うしな」


「……こんな安物の武具と薬をか? よく言うぜ」


 ルドラの言う通り、支部がかわりに用意したという道具は、そのすべてが二束三文にもならない粗悪品だった。まともに使えば数回でダメになる武器や防具、気休め程度にしかならない体力回復薬のみ。こんなのでは、近所のお使い程度しかこなせない。


 都市代表ギルドとして恥ずかしくないのだろうか――そう、隆也も思わざるを得ない。


 まあ、それでもやりようはいくらでもあるのだが。


「社長、残念ですがここは従いましょう。皆対等な条件なら、後は俺達が頑張ればいいだけですから」


「……いいのか?」


「ええ。多分ですが、これぐらいなら後でどうとでもなるかと」


「ほう……?」


 そう断言した隆也へと、ミゾットの視線が注がれた。


「随分と活きのいいことを言う少年だ。見たところ戦闘職ではなさそうだが……鍛冶師か、調合師あたりかな?」


「いえ、全部ですが」


「は……?」


 隆也としては包み隠さず言ったつもりだったが、ミゾットのほうは理解が及ばなかったらしくただ怪訝な顔を浮かべるばかりだった。


「ふむ……まあ、うちの『エース』が言うのならいいか。他の奴らも、特に異存はないか?」


「なかよ。タカヤがそう言うんやったら、それでいいっちゃない?」


 メイリールの言葉に同調するように、他の仲間達も全員頷いた。


 鍛冶師、調合師、解体屋、その他生産・加工にまつわる全ての役割を完璧にこなせる隆也が言うのなら、と、彼らはただそれに従えばいいと考えている。それだけ、今の隆也は仲間達から絶大な信頼を寄せられているのだった。


「ふん、今回初めて参加資格を得た弱小のくせに随分な自信だな?」


「当たり前だろ? もしこれで貴様らみたいな雑魚ヤローなんかに負けたら、俺が代表して『全裸+逆立ち』でベイロードの街を『ワンワン』と鳴きながら闊歩してやる。賭けてもいい」


「! その言葉、忘れるなよ……」


 言って、怒りと屈辱が混じったような顔となったミゾットは、再び自身の執務室へと引っ込んでいった。これで、少なくとも、隆也達が『支部』の標的になったことは間違いない。

 

 こうして、『社長の全裸逆立ちでベイロード一周』という、なぜか余計なモノまでベットされてしまった決定戦だったが、


「……やばい、つい勢いで言っちまった」


「……」


 負けてしまってもいいかも、と隆也がちょっとだけ思ったのは内緒である。

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