第114話 魔王、その名は


 レティとフェイリアをアザーシャの屋敷に残し、隆也、ムムルゥ、アザーシャの三人は、招待状通り、魔界の中央に位置する魔王の領地、所謂魔王城へと飛んでいく。


 魔王城には、そこに仕える使用人を除き、外部からは、四天王だったり、元四天王といった上級魔族しか立ち入ることを許されていない。


 そんな場所に、わざわざ人間が、しかも名指しで招待されるというのは、きわめて異例のことのようだ。


 一時間ほどして、目的の場所につく。


「意外と、小さいんですね。ウチの師匠の館の半分くらいかな……」


 城付近に降り立った隆也は、そんな感想を述べる。魔界で一番の能力や権力を有しているだろう者の居城ともなれば、回るだけでも一日二日はかかるほどの巨大さだろうとも思ったのだが。


「城の中には、普段、魔王サンや使用人ぐらいしかいないみたいッスからね。細かいことは私にもよくわかんないっスけど」


 現四天王であるムムルゥを先頭にして、城の玄関へと続く橋を歩いていく。城は大きな濠で囲まれた中央にあり、濠のほうは、ヘドロで濁った水で満たされていた。濁った池の奥からギョロリとした巨大な目玉が見えた気がして、隆也はすぐに目を逸らす。


「――これは、魅魔煌将様。本日はどのような御用で?」


「魔王様からの呼び出しッス。ほら、手紙もここに」


 城にいる使用人らしき魔族の男へ、ムムルゥは招待状を手渡した。死んだように真っ白な肌、赤い爪に、血のように紅い瞳。時折のぞく鋭い糸切り歯。


 吸血鬼ヴァンパイアだ、と隣のアザーシャが教えてくれる。


「ふむ……どうやら本物のようですね。では、ご案内しましょう」


 中身を検めて、なにやら確認をした後、吸血鬼の男は、門の脇に備え付けられた小さな扉を開けて、そこから三人を中へと招き入れた。


「……門のほうは開けないんですね」


「そっちの入り口は偽物フェイクッスよ。無理矢理壊すとトラップが発動して、侵入者を次元の狭間に放り込む転移魔法が発動するとか。ほんと、いい性格してるッス、あの方は」


 魔王が誰なのか、それは、隆也も概ね見当はついている。ムムルゥの居城の最上階にこっそり作った書斎といい、魔界庫といい、そういうことを考えそうな人(?)である。


 城の中は、意外にも明るかった。色とりどりの魔石の入ったランプがフロア中を淡い光で満たしていて、幻想的な光景が隆也の視界に広がっている。


「……お客様をお連れ致しました。魅魔煌将様、元魅魔煌将様、後は……はっ、かしこまりました」

 

 扉の奥から何やら指示をもらった使用人が、ぱんぱん、と手を叩くと、それと同時に、吸血鬼の執事の影のなかから、黒いメイド服に身を包んだ、同じく吸血鬼と思われる少女が、ぬるりとその姿を現した。


「ここから先はタカヤ様お一人で、とのことです。他のお二方は別の部屋をご用意いたしましたので、そちらでお待ちください」


「……私も一緒に、というのはダメなんスか?」


「はい。主はタカヤ様と一対一で話したい、とのことで。なんでも『男同士の話がしたい』のだとか」


 だが、ムムルゥは憮然な顔で、隆也の腕に抱き着いたまま離れない。隆也が何をされるかわからない以上、彼女も心配なのだろう。先の一件が終わってからというもの、ムムルゥは特に隆也にくっついていることが多い。


「ムムルゥさん、俺のことを心配してくれるのは嬉しいですけど、ここは言う通りにしましょう。ね?」


「う……タカヤ様が、そう言うなら。でも、何かあったら、ちゃんと助けを呼んでくださいッスよ?」


 隆也が宥めたことで、ムムルゥはようやく彼から離れた。母親を目の前にしても、それを無視してのこの甘えよう。


 彼も内心、アザーシャがどのような反応しているのか恐々としているのだが、アザーシャは特に何も言ってくることはなかった。


「えっと、それじゃあ、お邪魔します——」


 二人と一旦別れ、隆也は一人、部屋の中へと入った。


 赤い絨毯が敷き詰められた部屋は、ひどく暗い。唯一ある部屋の窓から差し込む淡い光を頼りに、隆也は、奥の椅子にすっぽりと収まっているスライムの方を見た。


「――よう、隆也。よく来てくれたな。また会えてうれしいぜ」


「やっぱり、アナタが魔王だったんですね」


「まあな。あれだけあからさまに色々と便宜、っつうか、贔屓してりゃな。まあ、せっかく久しぶりに見つけた同じ境遇の同胞なんだから、さすがにそのぐらいはしてやんねえとな、先輩としてさ」


「同じ境遇……じゃあ」


「……ああ、その通りだ」


 スライムの形をしていた姿が徐々に人型へと変わり、そして、学生帽と、黒い学生服に身を包んだ、彼本来の姿が現れる。


「俺の名前は、刀崎光哉とざきこうや。お前と同じ、あっちからの転移者だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る