第115話 光哉と隆也
自分や元クラスメイト達のほかにも、転移者がいる。
彼からこれまでに得た情報から、隆也もなんとなくは予想していたが、まさか本当にそうなるとは。
しかも目の前にいる少年がこの場に居るということは、つまりは彼、刀崎光哉が魔界を統べる『魔王』ということになる。
風貌は隆也より一つ二つ上、というところ。ただ、彼もかなり長いこと魔界にいるような感じを受けたので、この世界と、隆也が元いた世界の時間の流れは、かなり乖離があるのかもしれない。
「……と、隆也、一個だけ勘違いしてんな。俺は、魔王じゃねえよ。正確にいえば『魔王代理』ってヤツだ」
「代理……ってことは、魔王は別にいるってこと?」
「もちろんだとも。つっても、実質は俺がやってんだけどな……おーい、チナちゃん、隠れてないで出ておいで」
「はうっ……」
光哉が、部屋の隅にあるベッドへ向けて声をかけると、シーツを頭からかぶってこんもりとなっているコブが,、びくり、と震える。
「こーくん、いいの? その人、怖くない?」
「大丈夫だよ、俺と同じところから来た人だし。ほら、見てみな、おれよりも大分もやしっ子だぜ」
シーツからわずかに白銀色の頭を、ひょこ、っとだした少女が、くりくりとした真っ赤な瞳で、恐る恐る隆也の方を見た。
「えっと、俺、名上隆也っていいます」
「たかや……こーくんとちょっとだけ名前似てるね」
「一番後ろの文字だけですけど……でも、多分、光哉君と同じところから来ました」
「それはわかるかも。まっくろい髪、まっくろい目。そういうヒトって、ここには、あんまりいないから」
怖くないことがわかったのか、少女がゆっくりとベッドから出てきて、とてとてと光哉のほうまで走り寄った。
「紹介するぜ、隆也。この子はティルチナ。こんななりで、しかも甘えん坊だけど、れっきとした魔王だ。
光哉にしがみついたままの少女が、ぺこり、と隆也に頭を下げる。
彼が嘘をついているとは思えないが、本当だとするなら、随分とかわいい魔王様である。
「えっと……刀崎さん」
「光哉でいいよ。世代はわかんねえけど、俺もお前も学生だろ? なら、この場でそういうのはナシと行こうぜ」
「じゃあ、光哉。今回は色々協力してもらってありがとう。魔界庫のこととか、デイルブリンガーの情報とか。あれがなければ、俺、魅魔族もろともライゴウに殺されてた」
「だろうな。だから俺も、多少無理して協力させてもらった。でもさ、殺虫剤を全身に振りかけるってのはさすがにやり過ぎじゃね? オレ、そのせいでまだ全身ヒリヒリが残ってるんだぜ?」
「え?」
言って、光哉がどこかの特撮ヒーローのような大げさな素振りで『変身!』と、いうと、彼の姿が、ある姿へと変わっていく。
――カロロロロロ……!!
光哉から咄嗟に離れたティルチナが『こーくん、くさい』と鼻をつまんで顔をしかめる中、ドラゴンゾンビに変化した光哉が、ブレスを吐く前の仕草を再現してみせた。
「あのドラゴンゾンビって、光哉だったんだ……」
ボフンッ、という音をさせながらすぐさま元の姿にもどった光哉が、隆也の問いにすぐさま頷いた。
「ああ。『完全再現』――これが、俺の『木』だ。っても、条件付きだし、なんでも真似できるわけじゃないんだけどな」
あのタイミングでドラゴンゾンビが登場するなんてあまりにも出来過ぎた展開だと誰もが感じていたから、何か裏があるとは隆也も思っていたが、まさか本人が変化していたとは。
そう考えると、必死だったといえ、毒薬まで作ってぶっかけたのは、やり過ぎだったかもしれない。
「あ、もちろん謝らなくていいぜ。殺す気はなかったとはいえ、茶番感がないよう結構マジでやったからな」
「それで死ぬならそれまでのヤツらだった?」
「そういうこと。俺も俺で、ここまで来るのに結構苦労したし。まあ、そこまで詳しく話そうとすると時間がいくらあっても足りないんだが――」
そう言って、光哉は、隆也をテーブル中央にある椅子へ座るよう促した。ティルチナの分も含めて、すでに三つ分の茶菓子が用意されている。
「――さてと、何はともあれ、ひとまずは話そうぜ、隆也。お前ももちろん、そのつもりなんだろ?」
「うん」
一拍おいて、隆也は頷いた。
「聞かせて、光哉のこと。どうやってこの世界に来て、そして、どこまでこの世界のことを知っているのかを」
光哉と隆也。同じ世界から来た転移者同士で、そして、おそらく、転移しなければ決して交わることのなかった世代の少年二人。
こうして、隆也にとって最も重要となるであろう身の上話が、ここ魔王城で始まろうとしていた。
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