第113話 彼女達の後始末


 こうして、ムムルゥからの魔槍の修理依頼を受けたことを発端にし、魅魔煌将と斬魔鬼将の決闘にまで発展した一連の出来事は、斬魔鬼将側の敗北という形で決着がついた。


 ライゴウは、魔剣もろとも消滅したようだ。


 止めを刺したのは、エヴァーでも、また、その他の六賢者でもない。


 王都という、この世界で一番大きな都市を拠点にしている冒険者のうちの一人ということだった。


 どんな人物なのかは隆也も知らない。もちろん、エヴァーからの手紙にもそのような記述はなかった。


 だが、ムムルゥでさえ倒せなかったライゴウを消し去ってしまうほどの力を持っているのだから、とんでもない人であることは間違いないだろう。


「六賢者、そして魔界四天王をいとも簡単に捻る冒険者、か――」


 隆也は改めて、この世界の広さを思い知らされた気がした。この世界には、まだ彼の知らないことだらけである。


「――タカヤ様、ちょっといいっスか?」


「ムムルゥさん」


 師匠からの手紙を読み終わると、ドアの隙間からムムルゥの顔が出てきた。


 不治の呪いが解除されたことにより、それまで顔に残っていた青痣は、すでに綺麗さっぱりと消えている。ライゴウとの戦いで負ったダメージは、隆也が調合した全回復薬によって完全に癒えている。魔界での経験によって、調合レベルもⅦに到達したらしい。


「ババ……じゃなかった、お母様がお呼びっスよ。どんな話かは、その時に話すっていって教えてくれなかったッスけど」


「アザーシャ様が?」


 ライゴウとの決戦が終わった後、アザーシャには、隆也、レティ、ムムルゥの三人で、正直に全てを打ち明け、嘘をついたことを謝罪した。もちろん烈火のごとく怒られたし、ムムルゥに至っては顔がめちゃくちゃに腫れあがるほどに殴られていたが、種族として敵対していたライゴウを倒したことに免じて、何とか許してもらった次第である。


 ムムルゥの案内で、アザーシャのいる私室へと向かう。


「――来たな、タカヤよ」


 部屋にいたのは、邸宅の主であるアザーシャと、今は臨時で彼女のメイドをしているレティ、それから、ダークマター製の鎖で手足を厳重に縛られ、拘束されているレミとヤミの姿があった。


「あの……お話、ってどんな……」


「そんなに怯えるな。今日はお前を『とある方』のところへ連れて行くから呼んだだけだ。後は、この二人の処遇についても話しておこうと思ってな」


 レミとヤミにつけられた首輪から伸びた鎖は、今アザーシャの腕に巻かれている状態である。


 二人は瞼を僅かに開け、膝をついてただ一点のみを見つめている。抵抗も弁明も、命乞いもしない。


 彼女達は、すでに覚悟を決めている。


「レミ、ヤミ……この二人は処刑する。ライゴウの亡き後の四天王をどうするかなどの話が終わってからの話になるだろうが、これは動かせん」


「……ですね」


 それについては隆也も反論の余地はない。それだけのことを二人はした。そこにどんな理由があっても、許されることではない。


「……だが、レミとヤミがすでに身ごもっている子のほう。これは、命ぐらいはなんとかしてやらないこともない。親は大罪人だが、子に罪はない」


「「……!!」」


 それまで壊れた人形のようになっていた二人の瞳が、同時にアザーシャの方へ向いた。


「我とて、そこにいる馬鹿娘を産んだ母親だからな。隠していたようだが、さすがにそこまで腹が出れば気付く。といっても、我も、それに気づいたのはほんの少し前だが」


 考えてみれば、確かに、トライオブダルクが初めに壊れた時から、ライゴウの側についているのであれば、そういった可能性も考えられる。


 ということは、彼女達はそのような状態でドラゴンゾンビと戦っていたことになるが――。


 レティとムムルゥにそれぞれ視線を送る隆也だったが、二人はそれぞれ首を横に振った。やはり隆也同様、気づかなかったらしい。


「アザーシャ様……」


「どうして……」


 主からの思わぬ言葉に、二人は目を丸くして驚く。自分が死ぬということは、当然、その子も道連れになる。


「……まったく、揃いも揃って驚きおって。貴様ら、我をどんな存在と思っているつもりだ」


「え、そりゃあ血も涙もない冷血クソババアだとぶふうっ——!?」


 驚きのあまりつい素で喋ってしまった娘の鼻っ柱に、母親の鉄拳がめり込んだ。


 グシャリと歪んだムムルゥの顔からとめどなく鼻血があふれ出すが、自業自得なので、しばらく放っておくことに隆也は決めた。


「……貴様らは、勘違いをしている。確かに、我は種族のため、強くあることを求めている。だが、それは素質とか、体質とか、能力とか、そういうことを言っているのではない。そんなものをよそから引っ張ってきたところで、本当の意味で強くなれるものか」


 アザーシャは、そうして自身の心臓付近を軽く拳で叩き、続ける。


「我々魅魔は、種族全体で考えれば、魔界では『出来損ない』だ。身体的特徴も、かなりヒトに近い。だが、それが何だというのだ。我々は魔族だ。脆弱だから、生き残れないからと他の種族にすり寄る……そんな情けない種族に、私は、先代たちは、したくなどなかった——」


 アザーシャや、その前の世代がもっと合理的な考えの持ち主なら、さっさと他の種族と交配し、別の種族となっていたはずだ。


 だが、先代たちはそれを良しとはしなかった。そんな自分達でも、知恵を絞れば、他の助けなど借りずとも強くなることを示したかった。魅魔煌将という称号は、その何よりの証なのだろう。


「といっても、これは表向きの理由だがな」


「表、建前……ということは、本音もあるということですか?」


 レティの問いに、アザーシャは『当たり前だ』と頷き、


「大したことではない……どうせ産むのなら、自分が選んだ男との子を産め、と、それだけだ。弱いとか、強いとか、そういうのは考えなくていい。我ですら、そうだったのだからな」


「へ? そうなんスかへぼっ!?」


「ほら、このバカを見ろ。我が合理的なら、こんな阿呆、我は産まなかったぞ。

父親によく似た……馬鹿で、そのくせにやたら変な知恵だけは異様によく回って、それでいて妙に度胸がある、な」


 ぽかんと口を開けたままの娘に拳骨を食らわすアザーシャだったが、呆れるように息を吐く彼女の表情は柔らかい。


「さて、レミ、ヤミ。最後に聞こう。まず、お前たちは死ぬ。責任をもって、私が殺そう。だが、子のほうはどうする? それぐらいは、聞いておいてやる」


「のこしてください」


「お願いします」


 逡巡することなく、彼女達は答えた。


「わかった。子は我が育てよう。お前たちが我らに企てたことも全て話す。その上でどう成長するかは、その子次第だ。まあ、余計な気を起こすことのないよう、しっかりと『教育』はするがな」


 ひえっ、というムムルゥの声が聞こえる。彼女にとっては相当トラウマとなっているようだ。ムムルゥの幼馴染であるレティも多少は経験しているようで、アザーシャから見えないところで、苦い顔をしている。


「と、話はこんなところだ。これで一つめの用事は終わり。ということで、タカヤ、あともう一つの用事なんだが……」


 言って、アザーシャは『名上隆也様へ』と記された手紙を隆也に手渡した。


「今からお前を、魔王城に連れて行く。魔王様が、お前に会いたがっているようなのでな」

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