第109話 レミとヤミ
「レミ、ヤミ……なぜですか? なぜ、お嬢様やアザーシャ様を裏切るようなことを……」
隆也の追及に言葉を詰まらせ、何も答えることができないでいた二人に、同僚だったレティが訊く。
隆也から真実を聞かされるまで、レティは半信半疑だった。三人は四天王付きのメイドとして、ムムルゥやアザーシャのもとで働いてきた。彼女も、二人のことを優秀なメイドとして信用にたると評価していたからこそ、彼女は、自身が留守中の時にも色々とお願いしていたのだから。
「これは、私達……いや」
「魅魔族全体の未来のため、でもあるんです」
レティの問いに、レミとヤミの二人が口を開く。同じ背丈、肩まで伸びた桃色の髪を肩まで伸ばしていて、これも同じ容姿。どちらがレミでどちらがヤミかは、右か左、どちらか片方につけたイヤリングのみでしか判断できない、瓜二つの双子の魅魔族の少女達。確か、右がレミで、左がヤミだったと隆也は記憶している。
「我々種族のため!?
珍しく感情を顕わにしたレティが、身動きの取れない二人へと詰め寄った。
彼女がこんなふうに声を荒げるのを見たのは、隆也にとっても初めてである。根っこのところでは好戦的なので、怒ること自体は結構あるものの。
主人である隆也やフェイリアでさえたじろぐほどのレティの激情だったが、それを前にして、
「「――ふふっ」」
と、二人は、それを鼻で笑い飛ばしたのだった。
「……何がおかしいのですか」
「レティ……それは、あなたが強い個体だからそう言えるのです」
「そう。弱い個体の私達と違って、あなたが、強いから――ごほッ!?」
と、ここで左耳にイヤリングを付けたヤミのほうが唐突に咳き込んだ。
咄嗟に抑えた手にべっとりと付着していたのは、黒く変色しつつある血液。
「! ヤミ、あなた……」
「レティ、私とレミは、あなたのように瘴気に完全な耐性があるわけじゃない。どんな濃度下にいても我慢できるよう訓練しているだけ。克服しているわけじゃないから、無理がたたればこうなる」
「レミ、ということはあなたも」
「ええ」
言って、レミはわずかに首を動かして、血混じりの唾を吐き出した。
もちろん、こちらのほうも瘴気の黒が混じっている。
「——さっきの話に戻るけど、私達や、その他の種族全体で見れば、アザーシャ様やお嬢様、そしてアナタのように体が強いわけじゃない。ヒトほどではないけど、瘴気が濃いところに居たら、それだけで体調を崩すし」
「ごほっ……後、知恵はあるけど、だからといってヒトほどあるわけじゃない。容姿はいいけど、魔界においては、そんなもの何の価値もない。ただのゴミ」
ムムルゥを嫁にすると言ったライゴウも、別に彼女の美貌に引かれているわけではなく、単に彼女の能力が欲しいだけだ。魅魔煌将としての、優秀な彼女の血を。
「私たちは弱い。後天的に素質を獲得することは不可能だから、それは仕方のないこと」
「でも、それを後の世代にまで残したくない。レティ、アナタも自分の子が『出来損ない』と呼ばれ、馬鹿にされ続けるのは、嫌でしょう?」
「そ、それは……」
レティも彼女達の気持ちは痛いほどにわかるはずだ。だからこそ、『出来損ない』だと敵から呼ばれたとき、隆也の制止もきかないほどに怒ったのだから。
「斬魔鬼将――つまりデーモン種は、野蛮ではあるけれど、この魔界でもっとも生きるのに適した種族でもある。そこと結びついて能力を獲得していけば、私達はもう『出来損ない』ではなくなる」
「それが、たとえ、お嬢様やアザーシャ様を含めた魅魔族全体が、デーモン種の下につくことになっても……ですか?」
「そう判断したから、私達は、内通者として斬魔鬼将の下についた。トライオブダルクに細工をして壊れるように仕向けたものも私達だし、それを直したヒトを極秘裏に魔界に呼ぶことを斬魔鬼将側に伝えたのも、全部。そして――」
そうして、二人の視線が、隆也へと注がれた。
「――ご明察でした、タカヤ様。私達の負けです。すべて、すべて……あなた様の言う通りでございます」
「あなたがすべてを打ち明けたということは、もちろん、すべて対策済みなのでしょう? 私達が三回の打ち合いで壊れるよう細工した
「……うん。君達二人が裏切り者だと分かった時点でね。他からの贔屓もあったし。だから——」
隆也は、今まさに
「後は、勝負を見守りましょう。二人と僕達、どちらの判断が正しかったのかを」
魅魔煌将ムムルゥと斬魔鬼将ライゴウの、四天王の互いに命を賭けた、正真正銘本気の戦い。
勝った方が、正義。
それが、この魔界のやり方なのだから。
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