第88話 魔城の天辺と秘密の部屋 2
「で、どうよ、感想は?」
「う、う~ん……」
渡された紙、というか原稿を、隆也はぱらぱらとめくってみる。
描かれているのは、所謂ファンタジーものの話のようだ。いや、隆也にとっては、ファンタジーでも、ここの世界の人々にとっては現実のことだから――ジャンルはどうなるのだろう。
【物語の主人公は、孤独な魔王。産まれた時より抜きんでた魔力や才能を持っていた彼は、幼いころより傲慢でわがまま放題の限りを尽くしていた。
もちろんその独善的な性格は大人になっても治らず、彼は信頼できる仲間一人作らぬまま魔王へと成り上がってしまう。
彼は強かった。だから、初めの内は恐怖支配で何とかなっていた。
だが、そんなやり方ではいつまでも続くわけもなく。
魔王を滅ぼすべく現れた勇者の一族や、挙句の果てには、力で支配していたはずの手下たち全員に、最終決戦の土壇場で裏切られ、彼は一人、孤独にその身を滅ぼすことになってしまう。
自分のやり方は間違っていた——今わの際に、これまでの振る舞いを悔いる彼こと魔王。
だが、次に気が付いた瞬間、彼は、今度は人間として、この世に生まれ落ちていたのである】
と、大まかなあらすじはこんな感じである。転生ものだ。
前世の記憶と能力を引き継いで転生を果たした魔王は、以前の間違いを犯さぬよう、信頼できる仲間達を集め、今度こそ勇者を打倒する——というのが主なストーリーライン。
よくある話だが、まあ、今はこういうのも王道だし、面白そうではある。それに、絵もものすごく上手い。
躍動感のあるシーンに、迫力ある構図。どれをとってもプロレベルといって差し支えない。
だが、少しずつ読み進めていくうち、『あるところ』が隆也の目につくようになってくる。
「あの、スライムさん……」
「ん? どうした? どっか気になる矛盾点でも見つけたか?」
「いや、そうじゃないんですが……」
隆也が反応していたのは、突出した画力によって、リアルに描かれた女性の裸体。
「この話、なんだか凄くえっちいな、と……」
そう、この漫画、途中から少々、というか、かなり『R18』な描写がてんこ盛りだったのである。
仲間集めのために優秀な能力を持つ人材を集めるのだが、彼が手元に置くのは、種族を問わず、超がつくほどの美少女。
しかも、複数の登場人物と、肉体関係を結んでいるのである。
困っていたところを助けては即口説いてベッドイン。命を救ってくれたお礼にすぐさまベッドイン。
確かに危険を顧みずにヒロインを助けるその姿は格好いいのだが、これでは、ただのエロ漫画である。
この世界にゾーニングという概念があるかどうかは不明だが、子供や女性の目につくような流通のさせ方はマズイだろう。
「当たり前だろ。エロこそ、全ての創作の源だろうに。その迸るリビドーを形にせずして、何が創作者か! 何が表現者かと!」
「別にエロだけが全てじゃないとは思いますけど……まあ、もちろん否定もしませんが」
その後、隆也とスライムは、作品の内容や、実際に流通される場合についてあれやこれやと議論を交わした。
漫画という形式は人間界では馴染みのないものなので、いきなり売り出しても広まるかどうかは難しいこと。だが、画力は素晴らしいので、まずはセリフ付きの一枚絵の春画として売り出し、そこから少しずつ漫画の形式に慣れされてはどうか、などなど、ちょっとした商売の話にまで発展した。
エロ漫画がスタートだったが、結構建設的な話が出来たように、隆也は思う。
「……っと、いけねえ、ちょっと話が過ぎちまったみたいだな。もう夜明けだ」
「え? もうそんな時間ですか?」
気づくと、窓の外に映る瘴気に覆われた魔界の空が、わずかに白んでいるのが隆也の目にも見えた。どうやらかなり話し込んでしまっていたらしい。
後、ようやく気付いたが、ここはどうやら魔城の一番最上階のようだ。窓を覗き込んだ真下に、昨日通った城門がある。
「ああ……と、それにちょっと城内が騒がしくなってきたみてえだし。俺はそろそろお暇されてもらうかなっと」
言って、スライムはぴょん、と机の上を跳ねて、再び自身と隆也の周囲に転移魔法陣を展開させた。
「あ、そうだ。スライムさん……あなたの名前を聞かせてもらっていいですか? あるんでしょう、あなたにも?」
「ん? ああ、そういやまだちゃんと名乗ってなかったな。俺の名前は、カ——」
スライムが自身の名を口にしようとした、その時。
――ズズンッッ!!
「うわっ!?」
と、ここで城を丸ごと震わせるような衝撃が、隆也の足元を襲った。
朝になってまた何かの仕掛けが作動したかとも思ったが、ここまでの振動だと、城自体が壊れてしまいそうだから、その可能性は薄い。
顔を合わせたスライムも、器用に体を左右にふって否定した。
「……隆也、今すぐガキンチョのことに行ってやんな。多分、アイツ、お前がいなくなって心配してるだろうしな」
「はい……でも、スライムさん、あなたは」
「俺はさっさとここからとんずらかな。お前を助けてやりたい気持ちもあるが、ちょっと力を使い過ぎたしな」
書斎にいた彼と隆也の姿が、転移の光によって互いに薄くなっていく。
――また会おうぜ、名上隆也。
かき消える直前に響いた少年のような声が、いつまでも隆也の耳に残っていた。
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