第89話 斬魔鬼将 1


 転移魔法の光が晴れた瞬間、隆也は再び、私室に舞い戻った。


「「……タカヤ様!」」


「んっ……ム、ムムルゥさん、レティ」


 結局名前を聞けずじまいだったスライムの宣言通り、隆也は、彼の転移魔法によって、ムムルゥのすぐ傍へと姿を現した。


 彼の姿を認めるなり、二人の魅魔はすぐさま隆也を抱き寄せようとする。


「もうどこに行ってったッスか、トイレに行ったっきり全然戻ってこなくて……全然見つからなかったし、心配したんスよ」


「すいません……その、ちょっと『ある人』と意気投合してしまって。魔城の最上階に居たんです」


「最上階……?」


 隆也の答えに、首を傾げたのはレティだった。


「うん、確かに俺はそこいて、ついさっき転移魔法で戻ってきたんだけど……」


 と、ここで、隆也はあの書斎の間取りを思い出した。そういえば、部屋の四隅が全て本棚になっていて、ドアらしきものはなかった。


 つまり、あの部屋は、転移魔法の仕掛けを踏まなければ行けない場所なのだ。


「……ふむ、どうやらお前にも夜の間に色々あったみたいだが、その話を悠長に聞いている暇はないぞ」


 客間と私室の間をつなぐドアが開くと、装備を万全に整えたフェイリアが顔を出した。お前も早く装備しろ、とばかりに、隆也の相棒である『シロガネ』他装備品を投げ渡してくる。


 気づくと、その他の二人も、すでに寝間着から着替えて、通常の服装に戻っている。レティはメイド服だが、ムムルゥはビキニアーマーのような戦闘用の防具と、それからトライオブダルクを背中に準備している。


「っと、そういえば、さっきの震動はいったい……」


「タカヤ様……申し訳ありません。私がもうだけ少し気を回していればよかったのですが」


「え? どういうこと?」


「相手側も馬鹿ではなかったってことだよ。すまん、タカヤ。私も迂闊だった。まさか、あのデーモン達の集団から離れたところに」


 フェイリアとレティがそれぞれ苦い顔を浮かべると同時に、


 ――ズズンッ!!


 と、先程起きたものよりもさらに衝撃の大きい、地震の如き震動が起こった。


「っ、まただ……!」


「ちっ、やっぱり手下だけじゃ分が悪すぎる相手ッスね……この分じゃ、ミヒャエルとヴェルグはあっけなくやられてるっすね」


「……ムムルゥさん、さっきのと今のって、誰かの仕業ってことなんですか?」


「もちろん。本来強固なはずの『ガナ・バレス』をここまで好き放題やれる魔族なんて――」


 魔城という名の巨大な山をどうこう出来ると存在となれば、魔族でも限られているはずだ。それこそ、他の四天王や、魔王クラスだろう。


「――っ、マズいっ!? 皆、伏せるッスっ!」


「え——うわっ!?」


 と、何かを感じ取ったのか、急に血相を変えたムムルゥが隆也の頭をとっさに抑えつける。ムムルゥに少し遅れて、レティとフェイリアが同様の行動をとった瞬間。


 それまで隆也達の胴があった付近を、巨大な黒い影のようなものが通り抜けたのだった。


 いったい、何が。


 そう思ったときには時すでに遅く、直後、隆也達四人の居た私室を、まるで竜巻が襲ってきたかのような衝撃波が襲ったのだった。


「ううっ……!!」

 

 衝撃波によって起こった風に体を巻き上げられないよう、隆也は必死になって床と、それから傍らのムムルゥやレティにしがみつく。


 風の魔法を得意とするハイエルフのフェイリアでさえ、苦悶の表情を浮かべ弄ばれるほどの、風の暴力。


 原因は明らかに先程部屋を真一文字に通り過ぎた『影』。


 そして、その現象を起こした張本人は、すでに四人の目の前にまで迫ってきていたのだった。


「――&E,W”GCBUE)。UP”『JC$』W”$:Y?」

 

 魔界言語で、隆也達四人に向けて、いや、正確には、その四人の中にいるムムルゥへ訊いてきたのは、濁った血のような赤黒い肌と、それから、炎のような赤い体毛を揺らめかせる男。


「ライゴウ……いや、『斬魔鬼将ざんまきしょう』!」


 トライオブダルクよりもさらに禍々しい黒い瘴気を纏った大剣を肩に担いだ『四天王』を見、ムムルゥは、表情をさらに険しいものにしたのだった。

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