第76話 別行動
「――お嬢様、行って!」
「あいよっ!」
レティが、目くらましもかねての攻撃魔法を広範囲に放つのと同時に、隆也を抱えてすぐさま飛翔を開始する。
「副社長、これを!」
すぐに上昇して、ぐんぐんと高度を上げる中、隆也はそう言って、フェイリアに向け、腰に下げた道具袋より取り出した緑の液体の入った瓶を投げ渡す。
ものすごい加速ですでにフェイリアの姿は小さくなっているが、隆也の意図を感じてすぐさま受け取ってくれたようだった。
「タカヤ様、今のは?」
「回復薬です。新しく作った
「? 大丈夫ッスか、そんなの渡しちゃって」
「ええ。仕事の過程で新しく作成した薬については、その内容を、効能も含めて全部、副社長に報告していますから。使いどころは間違わないかと」
「……まあ、そこはチビエルフの年の功に頼るしかなさそうッスね」
言って、ムムルゥは大事そうに隆也を両腕にしっかりと抱えたまま、自身の領地へ向けてさらにその速度を上げていく。
「っ――!」
大きく広げた翼が動くたび、まるで一段階ずつアクセルを上げていくようにして、ぐん、ぐん、と加速度的に早くなっていく。
目はもちろん開けていられない。体にかかるGと風圧によって体がどうにかならないかだけが心配の隆也は、目をつぶって、ただ必死にムムルゥの薄い胸にしがみつくだけだった。
ビュン、ビュン、と時折、隆也のすぐ耳元を通り抜ける何かがある。魔界に生息しる魔獣かなにかだろうか。
瞼をきつく閉じている隆也にその正体はわかるべくもないが、何かの間違いで衝突した瞬間、ひ弱な隆也の体など、あっという間におだぶつには違いない。
「もうちょっとだけ辛抱してくださいッスよ。後ほんの少しで、領地の空には辿りつけそうっスから」
「うう……はい」
髪をやさしく撫でてくれるムムルゥの声が耳を打つなか、隆也は、二つに分かれたパーティのそれぞれの無事を祈るしかなかった。
× ×
「副社長様、それは?」
「タカヤからの『お守り』というところだ。回復薬だが、これは我々に使うものではない」
二人の見ている図は今のところレティには不明だが、どうせまたご主人様のいらぬお節介だろうと、彼女は推測した。
まったく、本当に呆れるくらいのお人好し。
だが、そうやって先入観なく魔族も、魔獣もひっくるめて優しくしてくれたから、今の彼女や、彼女が仕えるもう一人のご主人様がある。
普段はちょっと頼りないだけの少年。だが、いざとなれば、溢れる才能と時折垣間見せる予想外の知性を自分に見せてくれる。そしてそれを鼻にかけて威張ったりもしない。
だが、謙虚と評するにはあまりにも自身を卑下しすぎるのが玉に瑕ではある。
そんな隆也が、今のレティにとってはたまらなく愛おしく感じる。
「……どうやら考えがあるようですね」
レティはひとまず目の前の敵に集中することに決めた。
あれこれと策略を張り巡らせるのは彼女自身も得意だが、今回、その役割は経験豊富なエルフの戦士に託すことにする。
「レティ、砲台役はお前に任せる。私が盾となって時間を稼ぐから、その間に、あいつらを纏めて吹っ飛ばせるだけの闇魔法を頼んだ」
「承知しました。しかし、いいのですか? フェイリア様も、本来は後衛役でしょうに」
「確かにな。だが、私が使える主だったものは風魔法だ。瘴気によって効力が多少阻害される以上、攻撃役はお前に任せるとするよ」
本来エルフともなれば、ヒト以上に潔癖な一族で、魔族などという存在とは表面上でも共闘などしないはずだが。
彼女は昔のことを多くは語らない。
「逃ガシタカ……賢明ダガ、愚カダナ」
だが、今はあれこれ考えるのはやめておこう。
「愚か? ふふ、それはこちらの台詞です。四人だろうが、二人だろうが、我々の勝利はゆるぎないのですから」
せっかくの主人との魔界旅行に水を差した邪魔者を、完膚なきまでに叩き潰す。
それが、今、自身に課せられた役割なのだから。
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