第70話 魔界へ 2


「師匠、なにかあったんですか?」


「ああ、うん……ちょっと久しぶりに『召集』がかかってな……本当は本当にものすごく行きたくないんだが、こればっかりは……」


 弟子の問いに、珍しく歯切れ悪く答える師匠である。


 さっきまで『私も当然魔界に行く』過保護モード全開で息巻いていたエヴァーだったが、すでにイカルガから届けられた手紙の中身を読んだのだろう、完全に意気消沈してしまっている。


「あと、個人的な理由で申し訳ないのだが……ミケもそれに連れていきたいと思っている」


「ミケも、ですか?」


「ああ。私の護衛という形でな」


「師匠に、護衛?」


 いらないんじゃないか、と隆也は思う。


 これまで近くでエヴァーを見ていてもわかるが、彼女は本当にそこらへんの魔法使いとは一線を画すレベルで強い。一応、彼女も人間らしいが、本当に普通の人間かどうか疑わしいほどに。


 一人でどこかの国とドンパチやり合えるレベルの、そんな彼女に護衛をつけるというのは、あんまり意味がないような気しかしないのだが。


「先輩、その手紙、もしかして『六賢者会議』の召集レターですか?」


 と、ここで、話を聞いていたフェイリアが、その疑問に答えるようにして会話に入ってきた。


「六、賢者?」


 フェイリアから語られた情報に、隆也は首を傾げることしかできない。


「なんだ、タカヤは知らなかったのか? 先輩から聞かされたことは?」


 隆也はもちろん首を振った。


 レベルⅨの魔法使いも世界を見渡せば数人はいるということだから、その人達もなんらかの異名がついているだろうと思ったぐらいで、まさか師匠のような『賢者』が、彼女以外に後五人もいるという考えには至らなかった。


「先輩……タカヤは曲がりなりにもあなたの弟子なんですから、自分がどういう人間なのかぐらい話しておきましょうよ」


「うるさいな。話そうとは思ってたんだよ。ただ、ちょっと忘れてただけだ」


 フェイリアの小言に、師匠がちょっぴり唇を尖らせて不満げな顔を作った。ちょっと珍しい光景である。


「師匠、アカネさんはこのことを?」


「もちろん知っている。というか多分、知らないのお前だけだと思うぞ」


 どうやら蚊帳の外なのは隆也だけのようだ。まあ、こことはまったく世界の異なるところから彼は来ているのだから、この世界の常識とか世相といったものに疎いのは当然なのだが。


「タカヤ、『六賢者』というのは、昔、この世界で起こった魔族との戦いで人間側の主力として活躍した六人の『レベルⅨ』の魔法使いのことだ。火山の賢者、海の賢者、雲の賢者、光の賢者、闇の賢者、それに、森の賢者である先輩を入れての、計六人。それぞれが得意としている魔法の分野によって、名前が分かれている」


「私が得意なのは、風の魔法や大地の魔法だな。植物を意のままに操ることもできる。他の魔法ももちろん使えるが、挙げた三つは他の五人よりも秀でているつもりだ」


 どうしてエヴァーがあの辺鄙な森の秘境を拠点ホームにしている理由がなんとなくわかった気がする。あそこなら、何かあっても全力で対応することできる。


「なるほど、それで今回のその賢者様たちの集まりがあって、それに呼ばれた、と」


「そういうことだ。まったく、ここ最近はやってなかったのに、いったいどういう風の吹き回しだ。というか、誰が言い出しっぺなんだよまったく……これでようやく弟子とみっちり二人きりで修行イチャコラできると思ったのに」


「イチャコラはともかく……そんなに行きたくないのなら拒否すればいいんじゃないんですか?」


「それができないから困っているんだよ。この手紙には時限式の転移魔法がかけられていてな、規定された時間になると、強制的に、術者が定めた任意の場所に飛ばされてしまうんだよ。いったん手紙が渡ると、もう捨てることも他のヤツに擦り付けることもできないからな」


「呪いの装備みたいにやっかいな手紙ですね、それ……」


 紅に染まった便箋が、なんだか血の色に見えてきた隆也である。


「じゃあ、ミケが護衛として必要なのは……」


「ああ。私ら『六賢者』って、他の人間と違って特殊な魔力の波長をもっているらしくてな。それぞれがそれぞれの魔力に干渉しあって、魔法の行使が封じられる状態になるんだよ。魔法が使えなきゃ、賢者なんか実質、ただ体がエロいだけのオネエちゃんでしかないからな。もしもの時の対処は必要だ」


 師匠の話しぶりから、どうやら、他の賢者様は全員女性らしい。エロい体かどうかは、(※あくまで個人の感想です)、なので、一先ず置いておくとして。


「でも、困りましたね……師匠やミケがいないとなると、こちら側の護衛は誰一人いないことになる」


 ムムルゥやレティは隆也の味方になってくれるだろうが、彼女達は魔族だし、そして、今回話をしに行くアザーシャは、彼女達の元々の長でもある。


 考えたくないが、もし、二人がアザーシャ側につく、もしくはつかざるを得ない状況になった時、隆也が一人となってしまうのだ。


 他のメンバーを選定するにしても、アカネ一人だと心許ないし、異能持ちのメイリールやダイクもそう強いわけではない。


 その他自由にできる人間だと、後は館の地下牢にいる明人や俊一だが、彼らは今戦えるような状態じゃないので、これも却下。


 そうなると、その他の適任といえば、


「……しょうがない。それじゃあ、私がタカヤの護衛につきますよ、先輩」


 エルフである副社長フェイリアぐらいしかいないわけで。

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