第71話 魔界へ 3


「副社長、来てくれるんですか?」


「なんだタカヤ、意外そうな顔をして。他に行けるものがいないのなら、私ぐらいしか他にはいないだろう?」


「それはまあ、そうなんですが……」

 

 師匠とも知り合いで、以前、ともに戦っていることもあるだろうフェイリアなら、実力的には申し分ないように思う。


 だが、彼女はこのギルドの副社長で、小さなギルドではあるが、二人しかいない経営陣の一人だ。隆也が現在担当している仕事も、社長とともに彼女がとってきた案件である。


 隆也が魔界に行っている間も、シーラットは通常業務を続ける。


 だからこそ、彼女が欠けるとそれはそれで問題な気がするが。


「タカヤ、お前、もしかして業務の影響を心配してくれているのか?」


「社長……それはそうですよ。副社長がいたから取ってこれた仕事もあるんでしょうし、それにその、副社長は、社長の大切な人……いだっ」


 余計な気ばかりを回す隆也に、ルドラの拳骨が隆也の頭をぽかりとやった。


「バカが。お前は自分のことだけ考えてればいいんだよ。それに、俺とフェイリアは、お前やメイリールみたいにガキじゃねえんだよ」


「な、なんでそこでメイリールさんが……」


「社長、そのへんにしておけ。今はそういう話をしているのではないのだからな。先輩、タカヤにつく護衛の問題は、それでいいですね?」


「ああ。お前がついてくれるのであれば、いいだろう。弟子のこと、くれぐれも頼んだぞ」


「引き受けました。滅多にない先輩の頼みだから、失敗なんかできませんね」


 二転三転しながらも、隆也の護衛にはフェイリアがつくことに決まった。


 ムムルゥ、レティ、隆也、フェイリア。


 今回の魔界行のメンバーはちょっと珍しい取り合わせとなったように思う。


 ちなみに、その後の話で、副社長代理はロアーが任されることとなった。


 行く前に胃薬の一つでも作成してあげなければ……そう、隆也は密かに思ったのだった。


 × × ×


 魔界行への準備、仕事の引継ぎ、すでに注文を受けていた分の商品の作成、さらに、その他諸々の小細工。


 その全てを終え、隆也は、出発の朝を迎えていた。


「ごしゅじんさま……」


「ミケ、甘えないの。これから師匠の護衛につかなきゃいけない子が、そんなんじゃダメだろう?」


「うう……でも」


「俺は今度こそ大丈夫。だから、ミケもしっかり自分の仕事を果たしてくれ」


「それは、めいれい?」


「う~ん……いや、お願いかな。ミケに嫌なことをやらせようとしているのは、俺も自覚してるから」


 ふるふると首をふって主人からくっついて離れようとしないしもべの頭を撫で、優しい口調でなだめる。


 今回、一番説得に時間を要したのは、もちろん彼女だった。


 以前の事件で隆也を瀕死の重傷を負わせてしまったことに一番の責任を感じていたミケは、もう絶対に主人である隆也から離れまいと、日常生活から常に一緒だった。


 師匠の護衛につけ、と指示をしたとき当初の駄々のコネっぷりは凄まじく、魔界行が実は、当初の予定よりも遅くなったのは、ミケの首を縦に振らせるために時間をとられた影響もあった。


「うん、わかった。ごしゅじんさまのおねがいをきくのは、しもべのやくめ。だから、わたしは、エヴァーをまもる」


「うん、ありがとうミケ」


 そうして、隆也はミケの頬に軽く口づけをした。見送りの皆がいる前なので、彼としてもさすがに恥ずかしいが、こうでもしないと甘えん坊の彼女の機嫌をまた損ねかねない。背に腹はかえられない。


「……ぅ……ゃましい」


「えっと、なにか言いましたかメイリールさん?」


「ふえっ!? い、いやいや、私はなんも言っとらんけどっ!?」


 顔を真っ赤にさせてわたわたと否定したメイリールも何気に最後まで隆也とともに魔界行きに拘った一人である。ただ、彼女は、自身の実力の足りなさを自覚をしていたので、ミケよりは簡単に説得に応じてくれた。


「……よし、と。魔界への次元転移、準備終わったッスよ。レティ、あともう一人のちびっこエルフさんはどうしったスか?」


「副社長は社長と仕事の打ち合わせだそうです。すぐに終わると言っていたので、そろそろ来るころかと思うのですが、ちょっと長引いて……」


「っ……す、すまないみんな。少し遅くなった」


 と、ここでギルドの裏口より、少し慌てた様子のフェイリアが息を切らして隆也達と合流をした。


 自身の身長ほどもある大きな弓、数十本は入っているであろう矢筒。あとは緑を基調とした戦闘衣の上に、銀の小さな胸当てを着けている。


 想像した通り、やはり彼女の本職は弓師のようだった。


「珍しいですね。副社長が時間に遅れるなんて」


「あ、ああ。ちょっとだけルドラとの話が長引いて……まったく、アイツときたら急に迫るものだから……」


「えっと、副社長?」


「な、ななな、なんでもない! 気にするな! さあ、タカヤ。さっさと我々のやるべきことを果たすぞ!」


 白い頬をほんのり赤らめたフェイリアが、わずかに乱れた着衣を戻しつつ、ムムルゥが準備する魔界への次元転移の魔法陣の上へと移動した。


「ふふ……まったく、あっちもこっちもお盛んなこと」


「どうしたの、レティ?」


「いえ、ほんの独り言でございますよ、タカヤ様。さあ、私達も参りましょう」


 彼女も彼女で、自身の体を隆也に密着させつつ、次元転移の魔法陣へと導いていった。


「タカヤ、何かあればすぐに手紙をよこせよ? その時は、意地でもなんとかしてやる。お前の敵は、私の敵なんだからな」


「はい、師匠。頼りにしています」


「頼られた……では、行け。私の大事な弟子」


 最後に、エヴァーの柔らかい唇の感触を額に感じながら、隆也の体は、ムムルゥが発動させた紫の魔法光に包まれたのだった。

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