第69話 魔界へ 1


「……魔界って、マジかよ」


「タカヤ、お前は相変わらず厄介事を引っ張ってくるものだな。そういう星の下にでも産まれたのか?」


 ムムルゥの母であるアザーシャに会うことを了承した隆也は、許可をもらうべく、ルドラとフェイリアのいる二階の社長室を訪ねた。

 

 魔界に行っている間、少なくとも隆也とレティはしばらく通常の業務が出来なくなる。


 どのくらいの期間、魔界に滞在するのかはわからない。アザーシャとの話がすぐに終われば一日や二日だろうが、どんな話になるのかはムムルゥやレティにもわからないという。


 なので、場合によっては一週間、下手すればもっと滞在する可能性はあった。


「タカヤ、お前さんがあの魔族の嬢ちゃんと魔界に行くのは構わない。お前の意志だ、尊重はしたい。だが、心配なのはお前の身の安全だ。それについてはどうするつもりだ?」


 やはり、ルドラやフェイリアが懸念しているのはそこだ。

 

 隆也の才能を見込んで、シーラットは、通常業務のほか、新たに『回復薬の販売』を始めている。


 現在はあまり目立つことがないよう、レベルⅠやⅡ相当で調合できる簡単な回復薬や毒消しなどの販売にとどめているが、すでにその商品の卸先である商会からの反応はすこぶる良いらしい。


 回復薬一つとっても、性能が段違いにいいのだ。


 現在市場に出回っている通常の回復薬と、隆也が作った回復薬を比較した結果、彼が作ったものの方が、疲労回復の速度と回復度合いが二倍ほども違うことがわかっている。


 今はまだ『海鼠にいい調合師が入ったらしい』という噂しかないかが、これから隆也の素質の成長に合わせ、その他の商売にも手を出すとなると、さらに、周囲は、隆也のことを探ろうとするだろう。


 調合なら調合に関する技能、鍛冶なら鍛冶に関する技能といった具合に、生産・加工系統のスキルは大抵、一人に一つの特化した才能しか持ちえない。


 その特化した才能でもレベルⅨまでに至れる者は世界に数人なのに、隆也はその中で複数の系統を極めることが可能であることがわかっている。


 それを知ってしまえば、誰でも彼を欲しがるのは当然である。


 先の元仲間たちのように、少々手荒な真似をしたとしても。


「それについては、レティとムムルゥさんが保証をしてくれるそうです。師匠やミケをこちら側の護衛として付けていいと言ってくれていますし、それは問題ないかと」


 魔界の、しかも四天王の立場にいる魅魔族が人間と交流を図ることは異例中の異例である。今回のアザーシャと隆也の話し合いは極秘裏に進められるようなので、やはり、そう大挙して人間達がそこに押し寄せるのもそれはそれで問題である。


 なので、メイリールやダイク、ロアーの三人は今回お留守番になっている。


 ちなみに、レティの仕事である受付嬢の代役は、エヴァーの発案でアカネがやることになったらしい。アカネは隆也やエヴァー、ミケ以外には極端な人見知りなので、出来るかどうか心配ではあるが。容姿については特に問題ないと隆也は思う。


「ふむ……まあ、賢者様とミケがいれば大丈夫だろうが……どうする、副社長?」


「賢者様とミケは、今のところウチには勿体ないくらいの最高戦力だ。レベルは他と較べて段違いだし、それなら先のようなことは起こりえないだろうから――」


 許可しよう、とフェイリアがルドラの意見に同調しようとしたその時、


「……三人とも。ちょっといいか?」


 と、バツの悪そうな顔で、エヴァーがミケを伴って社長室へと入ってくる。


 師匠の肩に大人しくとまっているのは、アカネが普段から使い魔としている白鳩のイカルガ。どうやら、アカネから師匠に手紙か何かが届いているようだが。


「張り切って魔界に行くと言ったのに申し訳ないが……すまん、私は同行することができない」


 珍しく表情を渋いものにしたエヴァーの手には、豪華な金の装飾が施された赤い便箋が握られていたのだった。

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