第68話 第二の依頼


「――なるほど、それでムムルゥさんの顔、そんな風にボコボコになってたんですね」


「ううっ……魔界の四天王とあろうものが『母親にボコにされて泣く』なんて……グスッ」


 母親に追及されたときの恐怖を思い出したのか、ムムルゥはレティの胸の谷間に顔を埋めてすすり泣いている。

 

 とりあえず打撲傷くらいは治してやろうと思ったが、いくら高品質の治療薬を使っても、彼女の顔に出来た生々しい青痣は一切消えることがなかった。


 ムムルゥ曰く、アザーシャに掛けられた『不治』の呪いを解いてもらわない限り治癒は出来ないらしい。


 不治はこの世界における状態異常の一つで、衰弱、麻痺、眠り、錯乱などどいった身体の異常を、時間経過や回復薬によって治癒させないようにするという呪いだ。


 治療するためには、『聖水』といった呪いそのものを解く魔法薬や、解呪魔法などがある。


 それ以外だと、あとは、呪いがかからないよう事前に防御するぐらいか。


 解呪であれば賢者であるエヴァーが使えるが、彼女については、先程から『愉快愉快』と言って、若干顔の形が変形しているムムルゥを嘲笑しているだけなので、ひとまず彼女の怪我はそのままだ。


 ちなみに『聖水』は、今の隆也には作れない。聖水を作るための素材と、まだ調合可能なレベルに達していないためだ。聖水は、要求されるレベルも高いらしい。


「――とりあえず、話を戻しましょう。お嬢様は、アザーシャ様に、槍が壊れてから私達がここにたどり着くまでの経緯を洗いざらい全て白状ゲロしました。そこまではわかりましたが、何故、そこでタカヤ様が魔界へ行かなければならないのですか?」


 涙と鼻水で汚れた主人の顔を布で拭ってやりながら、レティが尋ねた。


「え、と……魔槍自体が壊れちゃったこととか、お抱えの鍛冶師がいつの間にか引き抜かれたこととかは、そりゃもうこっぴどくどやされたッス。けど、魔槍を修理したタカヤ様には、あのババアも興味を持ったみたいで。ちょっと前にも説明したと思うっスけど、魔槍を修理どうこう出来るってのは、魔界ではかなりの希少価値ッスからね」


「もしかして、俺を魔界につれて来いって命令したのは、そのアザーシャさんということになるんですか?」


「……そう言うことッス」


 ムムルゥは頷いた。


 一体何を尋問されるのだろうと、隆也は考える。


 興味を持った、ということだから、多分殺されることはないのだろう。本来は聖剣の素材である天空石を使って魔槍を修理したことについては、怒られそうだけれど。


「ちなみに、俺を魔界に連れていかないと、ムムルゥさんはどうなっちゃうんですか?」


「死ぬっス」


「死にますね、まず間違いないなく。アザーシャ様のことです、おそらく、手と足の爪の隙間にハリガネムシを捻じ込んで痛みを不快感を味合わせた後、その指を斬り落として、足首、手首、膝、肘、股関節、肩と順々に巨大な鉈で……」


「……わかった。その先はもういいから。っていうか前よりひどい仕打ちになってるから」


 思わずその姿を想像したせいで、ちょっとだけ気分が悪くなる。どこのヤクザの拷問だ。それを見せしめにビデオにでも残して関係者にでも送りつければ完璧である。まあ、この世界にそんなものはないだろうが。


「魔界かぁ……あの、師匠。ちょっと訊きたいことがあるんですが」


「もちろん構わんが……タカヤ、お前まさか魔界に行こうとか言うんじゃないんだろうな?」


「えっと、その、まあ、はい。そのまさかですけど……」


 話を聞いた時点で、いや、ムムルゥが現れた時点で、隆也は彼女のお願いを聞くつもりだった。


 彼女やレティが四肢欠損の達磨状態になるのなんて見たくないというのもあるが、それよりも大きいのは、彼女が隆也にとっての『お得意様第一号』であるということだった。


 商売をする上で、定期的な取引が見込める客は大事である。特に、ムムルゥは魅魔一族の長ともいえる存在だから、ここで恩を売って彼女とのつながりを作っておけば、今後、さらに魅魔族全体からの依頼も見込める。レティを仲介役に据えればスムーズに事は運ぶだろう。


 今回のアザーシャの元への訪問は、その第一歩だ。


 ということで、一応、隆也も隆也で、お人よしであるが、色々と考えてはいるのである。


 魔界の『魅魔族』と取引する地方都市の冒険者ギルド……字面にすると、なんだか急に世界を股にかけているような気分になる。


 というか、この世界でそんなことしている人間など果たしているのだろうか。


「うわああん! やっぱりタカヤ様は私にとっての聖人っス! 絶対神ッス! ありがとうタカヤ様!」


 泣き止んでいたはずのムムルゥが、再び声を上げて涙を流し始める。これでもし隆也が『いやです』と言ってしまえば彼女は手足の指を詰められた挙句に四肢欠損だから、それを回避できて一安心したのだろう。


 しかし、力で言えば師匠やミケに匹敵するぐらいのムムルゥをここまで恐怖させるアザーシャのほうが、隆也には気になってしょうがない。


 出会って三秒で即やられたりしないだろうか、正直、不安である。

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