第67話 号泣の魅魔煌将 3


 彼女の名はアザーシャ。


 ムムルゥの母親であり、先代『魅魔煌将』として、長い間、四天王の一角として君臨し続けた偉大な魔族の一人である。


 四天王は五人いるが、必ずしも固定されているわけではない。長い年月を経て力がすり減ることによって、力を蓄えてきた部下たちに立場をひっくり返されることもある。


 魅魔族も時代を長い期間で見て行けば、四天王の座から転げ落ち、下っ端の時代に甘んじていたころも存在している。


 だが、アザーシャに関して言えば、彼女が四天王となっている間は、一度たりともその座を明け渡したことはない。


 彼女は、単純に、個体としての力が、歴代の『魅魔煌将』と較べても図抜けていたのだ。


 各個体の力を測る最もわかりやすいのは、羽と、そして角。


 翼を構成する骨格が大きく、また、骨に巻き付くように走る血管が太く、数が多いほど、また、角で言えば、よりサイズが大きく、先端に行くにつれ歪に尖っていると強いと言われている。翼の大きさで、その個体が本来持つ魔力量を、角が歪であればあるほど、より複雑な魔力操作が出来ると。


 ムムルゥもレティや他のメイドたちといった下級の個体と較べれば立派だが、成長中であることを考慮に入れたとしても、その差は、比較などせずとも一目瞭然だった。


「ご……ごきげんようお母さま。こんな時間に、しかも急にだなんて。言ってくれれば、きちんとお迎えにあがりますのに」


 そんな母親の前だから、普段はぶっきらぼうな言葉遣いのムムルゥも、取り繕ったようなお淑やかな言葉となる。


 母は、優しかった祖母や曾祖母とは違い、特に目上に対する礼儀を重んじる。


 だから、レティに喋るような調子で気軽な口を利いた途端に、頭が真っ二つにかち割れんばかりの鉄拳制裁をお見舞いされるのだ。


「ふん、娘の様子を見に来るのに早いも遅いもあるものか。ところでムムルゥ、レティはどうした? 城を一通り探したのだが、見当たらないぞ」


「うぐ」


 ムムルゥの全身に緊張が走った。


 どう、言い訳をしよう。


 レティの家系は代々、ムムルゥ達『魅魔煌将』に仕えていて、アザーシャも、レティのことを幼少のころから可愛がり、一目置いている。


 娘を探すよりも先に、まず、彼女を探すほどには。


「え……えっとぉ~……あ、れ、レティは今、人間界で情報収集の任務にあたっています。最近、あちらのほうで『王都』の奴らが不穏な動きを見せていると情報をキャッチしましたので」


 もちろんこれは嘘である。彼女が休んでいる間、特にそういった戦争をしようという動きは確認されていない。


 だが、本当のことなど言えるはずもない。


 今、レティは、本来の主人そっちのけで、人間界の中でも平和そのもののな港町で、人間の少年のメイドとして仕えている。しかも、ギルドの受付嬢までやっているらしい。


『魔槍が壊れ、ニンゲンの少年に修理を依頼した見返りに(レティの個人的な事情もあるが)、取引が完了するまで人質となっている』


 なんて言ったら、目と口の位置があべこべになるくらいに顔の形が変形するまで殴られてしまうだろう。


「ふむ、まあいい。ところでさっきも言ったが、ムムルゥ」


「……はい、お母様」


「槍を見せろ」


 ぞくり、と一際冷たいものが背筋を通り抜け、そして彼女は否が応でも気付く。


 気づかれてしまっている、と。


「赴任初日の時の様子を遠巻きに見させてもらっていた。部下の魔族共には上手く隠し通せたようだが、私の目は誤魔化せん。わずかだが、漏れていたぞ。魔槍の中に混じって忌々しい『聖剣』の光が漏れていたのを」


 どんなに折られても元の形状に復活する性質を持つ天空石は、人間界の各所に点在するという『聖剣』の素材の一つとして用いられている。


 今回、タカヤ少年には、応急処置として折れた部分をくっつけてもらっただけである。ただ、それだけでも、力のある部下たちを欺くほどにはきっちりと、彼の調合した『接着剤』は、その役割を果たしてくれていた。


 だが、やはり、そこはムムルゥの前に、トライオブダルクを相棒としていたアザーシャである。


 彼女の些細な工作など、一目で看破されてしまったというわけだ。


「えっと、聖剣? 壊れている? 武器の管理は基本レティに任せっぱなしだったので、私にはいったいなんのことだヴァっッ——!??」


 往生際悪くしらを切り通そうとしたムムルゥの顔に、鋭い拳打が叩き込まれた。


 右頬、左目付近、そして額の三カ所にほぼ同時に感じる衝撃に、ムムルゥはあっという間に壁に叩きつけられた。


「母であるこの私を嘘をつくなどとはなにごとだ、このたわけッ!! お前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」


「あ、あがっ……!」


 ――普段は隠居生活のくせしてこんな時にばかり出しゃばってきて。


 と、ムムルゥが思った瞬間、さらに追い打ちをかけるようにして、アザーシャに頭を鷲掴みにされる。


「……出しゃばってきて悪かったなあ、ん?」


「も、申し訳ありませんお母様……」


 心まで丸裸にされてしまえば、もう白状してしまうしかない。


 レティごめん——と、今は人間界でせっせと働いているだろう親友に心の中で詫びて、ムムルゥは、母親へ事の顛末を一から十まですべて報告したのだった。

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