第57話 アゲイン 3


 末次俊一。


 隆也にとって彼が恐怖の対象となったのは、クラスが今のものに変更されてすぐのことだった。


 彼はちょうど新しい標的を探していたところだった。以前から、彼は他のクラスメイト達を自分の玩具のように扱っていたが、そのことごとくが、彼の元のから姿を消していたり、また、壊れたりしていた。


 新しいヤツ、いないかなあ。


 クラスが変わっての最初のHR《ホームルーム》の自己紹介の時、彼は、自分の退屈な日常を紛らわせてくれそうなオモチャを探していたのである。


 ――あの、その、名上、隆、也です……。


 名前だけ、しかも消え入るような声でそう言った隆也に、彼は狙いをつけた。


 あっさり壊れそうだな、と俊一は思った。これまでのヤツと較べて特に気弱そうな人間。


 だが、別に壊れてしまっていいか。


 壊れたら次を探せばいいのだ。


 そうして、俊一は自身の恵まれた体格を使って隆也を脅し、彼にはいない仲間達を使って暴虐の限りを尽くした。体に痣が残るほどの暴力は日常茶飯時だったし、他にも、クラスメイトの女子たちの前で服を脱がせたり、その他屈辱的な行為をさせたりと、『名上隆也』というオモチャを思う存分使い尽くした。


 だが、意外にも彼は壊れなかった。


 彼の玩具になっている間、彼は基本的に従順だった。腹を蹴れば痛いと言って呻くし、女子を含むカースト上位の人間達の前で服をひん剥いた時も、もうやめてくださいと目に涙を浮かべ懇願していたが、それでも学校には休むことなく来ていた。


 目は死んでいた。いつ壊れてもおかしくないと思った。だが、それでも、彼はいつもの定位置で、クラスの慰みものとなっていた。


 コイツはどこまでやれば壊れてくれるのだろう。


 彼の興味の対象は、徐々にそちらの方向へと移っていった。


 そうした時、彼は、隆也や、他のクラスメイト達とともに事故に巻き込まれ、異世界へと転移したのである。


 × ×


「さすがに学校じゃあ人の目があるからできなかったけどよお……ここなら問題ねえよなあっ!」


「っ……!」


 俊一の足が、隆也の顔面を思い切り蹴りつける。平衡感覚が掴めなくなるほどの強い衝撃に、隆也はなすすべなく吹っ飛ぶ。


 視界がぐるぐると回る中、隆也の視界いっぱいに、俊一の下卑た笑顔がうついっていた。


「俺だってよ、本当はお前を追い出したくはなかったんだ。名上、お前は俺の退屈しのぎにうってつけの人間だったからな。女共がやたらと『うざい』だの『キモイ』だのってしつけえから渋々従ったが……また会えてうれしいぜ、なあ!?」


「ぐえっ……!」

 

 続けざま、俊一の蹴りが鳩尾にめり込んだ。体格通り、戦闘系の素質に秀でているようで、一発一発が非常に重く感じる。異世界ここに来て、さらに成長しているようだ。


「さすがに今度こそは俺も死んだと思ったぜ。俺達が束になっても生きるのが精一杯の環境で独り……今頃、どこの魔獣の腹ん中でぐっすりおねんねしてるかと思いきや……悪運だけはあったみてえだな、え?」


「みんな、優しい人だったからな……お前らみたいなクズ野郎どもとは、人間としての格が違うんだよ……」


 服を脱がされ、半裸の状態で痛めつけられながらも、隆也は、依然鋭い目つきで俊一を睨み付けている。


「! おいおい……てめえ、いつ俺様がそんな言葉遣いを許可した? ああっ!??」


 これまでよりも随分と反抗的な隆也の態度に激高した俊一は、隆也の髪を乱暴に掴み、そのまま力任せに引っ張った。


「ちょっと現地人にちやほやされたぐらいでチョーシ乗ってんじゃねえぞ。モノいじりが精々のてめえが、前線で体張って戦う俺様達に歯向かってんじゃねえ!」


 固い土壁に押し付けられ、空いたほうの手でさらに殴りつけられ滅多打ちにされる。切れた口から血があふれ出して、口内中に鉄さびの味が広がる。歯も何本か折れているようだ。


「ははっ……だから、お前は、お前らは大バカなんだよ」


 しかし、そんな理不尽な暴力にも、隆也は折れない。

 

 その上、逆に、俊一を、そして、その後ろでいつの間にか彼らのことを観察しているクラスメイト達を見下すように嘲笑を浮かべるほどだった。


 あの時の、ただ日々が過ぎるのをじっと死んだ瞳で耐えていた、あの時の『名上隆也』は、もうどこにもいない。


「お前らは、『仲間パーティ』ってものを根本的に勘違いしている。仲間ってのは、本来、相手のできないことや欠点を補ったり、支え合うために存在するものだ。戦闘が出来るヤツ、魔法が使えるヤツ、そして前線を影から支えるヤツ……そうやって一つになるから集団は活きる」


 それは、隆也がこの世界での生活で実感したことだ。


 シーラットのみんなも、師匠やミケやアカネも、ムムルゥやレティも、皆、自分に出来ることをやって、一人ではできないことを補い合いながら、日々を生きている。


 彼らは、自分自身に出来ることを頑張っている。『素質』とそれを示す『木』という絶対的な価値基準がある世界の中で。


 頑張ればなんでもできる……そんな言葉、彼らは、少なくとも隆也の『仲間』達は、決して口にしたりはしない。出来ることを頑張れ、としか言わないのだ。


「せいぜいモノいじり……そうやって下に見るから、お前らは今、こんな暗い洞窟で這いつくばってるんだ。わざわざ俺に頭を下げなければならないほどに……これを馬鹿と言わずに何て言うんだよ?」


 隆也の言葉に、その場にいる全員が何も言えずに黙り込む。


 邪魔なものを下に見、切り捨てた結果、この体たらく。


 自業自得だった。


「ほら、どうしたんだよ……末次、俺はまだこんなにピンピンしているぞ。いつもみたいに俺を死んだ目にさせてくれるんじゃないのか? それともこれで『お仕置き』は終わり……」


 その時、隆也の腕に、鋭い痛みが走った。


「てめえ、ふざけんじゃねえぞ……」


 気づくと、隆也の腕に、鈍い光を発した『シロガネ』の刃が突き立っている。


 やったのはもちろん俊一だった。


「弱えくせにっ! 雑魚のクセにッ! いつから! テメエは! 俺様をそんな目えで見るようになったああっ!?」


「あぐっ……ぐああっっ……!?」


 隆也の相棒を手にした俊一が、隆也の両腕に、何度も、何度も突き立てる。


 全然なっていない短刀の使い方だが、それが逆に痛みを増幅させる要因となった。


「! おい末次っ、いくら何でもそれはやり過ぎだ。回復魔法が使えるヤツがいるからって、死んでしまったら元も子もないんだぞ!」


「うるせえっ! 良い子ちゃんの『委員長』は引っ込んでろや!」


 すかさず止めに入った明人を、俊一は力づくで振り払う。


「死んじまっても構うもんかよ! 使えなくなったオモチャは、さっさと殺して捨てちまえばいいんだ!」


 怒りに我を忘れた俊一が、シロガネを放り投げて、今度は背中に背負ってあった斧を手に取った。彼のこの世界における得意武器。


「今からこれでテメエの腕と脚を順番に潰していく。最後に頭だ」


 高レベルの明人ですら止められない位だから、俊一自身も素質自体はかなり上のはず。宣言通り攻撃を受ければ、確実に命はない。


「ほら、命乞いしてみろよ。クラスの女子の前でテメエのナニを扱かせた時みてえに『もう勘弁してください』って泣いて縋ってみろや!」


 刃こぼれした斧が、隆也の首に押し当てられる。


 もう少しで自身の人生が終わろうとしている最中、


「死ぬのはお前だ。クズ」


 隆也は、精一杯の虚勢を張って、笑った。


「……交渉決裂、だなぁ。お別れだ、名上」


 完全に切れた状態となった俊一が、思い切り、斧を振り上げた。


 もう駄目か……隆也の脳裏に、『仲間達』の姿がうっすらと浮かぼうとした、その時。


 ――ウオオオオオオオオオオオオッ……!


 そんな狼の遠吠えが、隆也の耳に届いたのだった。

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