第56話 動き出す仲間たち


 隆也が、さらわれた。


 レティの飛ばした蝙蝠の使い魔によって、エヴァーとアカネのもとにその情報が届けられたのは、帰りの遅い二人を心配したダイクとロアーが、大通りで倒れているメイリールを発見してから、小一時間ほど経ってのことだった。


 その報せを受けた時、アカネは、自身の耳を疑った。


 ベイロードの街は、地方にある都市の中で言えば比較的治安の良いほうであり、平和だ。周囲に危険な魔獣がでるような場所はないし、下層区にうろついているならず者たちのレベルも低い。


 それに、隆也の側には、常に、下級魔族とはいえアカネと肩を並べるほどの実力はあるだろうレティと、まだ子供ながら神狼族と呼ばれる規格外の魔獣であるミケがいる。

 

 報告によれば、ちょうどメイリールというギルド仲間と一緒にいるところを襲われたらしいが、二人がいて、なぜこんな事態になったのか。


 アカネはすぐさま自身のもつ数本の刀のうち、家族から譲り受けた大業物の刀を掴んで、急いでエヴァーの居室へと向かった。


「師匠、大変です。さっき、あの魅魔から連絡が入りまして……タカヤが……」


「知っている。おそらく、何者かに襲撃を受けたのだろう」


 すぐにでも隆也を助けに行こうと逸るアカネとは対照的に、二人の師匠であるエヴァーは落ち着いていた。


 自身の手にある護符を、隆也の付けているものとまったく同じものを、じっと見つめている。


「少し前から隆也の生命反応が少し弱っているように感じていたからな。場所も、ベイロードからは程よく離れている。あの子が一人でそんなところに行くなど考えられないからな」


 エヴァーが隆也にプレゼントした護符は、実は、ベイロードの服屋で買ったものではない。


 それは、エヴァーが、自身の部屋の引き出しにしまっていた二つで一組のもので、装着したものの生命反応を感じ取ることができる魔道具マジックアイテムだった。


 マジックアイテムを使用するのにも素質がいるため、魔法を使素質のない隆也にとっては知る由もない。多分、お守り程度にしか思っていないだろう。


 だが、それこそ、隆也にとって本当の意味での『守り』だったのである。


 エヴァーは、弟子に何かあった時、いついかなる時でも駆け付けることが出来るようにと考えて、隆也に片割れを与えていたのだ。


「……現在の状況はどうなっている?」


「ミケと、それから、麻痺の治療を終えたギルド仲間のメイリールが先行している、と。ですが、連れ去ったヤツもかなりの手練れらしく、すでにベイロードからはかなり離れた位置まで逃げているようで」


「アカネ、すぐにイカルガを飛ばして、正確な位置をミケへ伝えろ。相手も隆也のもつ『素質』が目当てだろうから、殺されることはないだろうが、それでも拷問の一つや二つはやられていそうだ」


 犯人の目星は、大方見当がついている。それから、今いる場所も。


 おそらくは、隆也から以前聞いた話に出ていた、元仲間の連中だろう。


 初めは無能だと決め込んで捨てた仲間が、実は世界に数人といない『レベルⅨ』だった。


 世界中を数年、いや、数十年探しまわってもそうそう見つからない『レべルⅨ』の創造者クリエイターを、タダ同然で使いつぶせるのなら、確かに、血眼になって彼の行方を追うだろう。


 世界最大の国家だろうが、魔界だろうが、はたまた『レベルⅨ』のみで構成されたバケモノ揃いの勇者パーティだろうが、おそらくは同じ行動をとるだろう。


 本人にあまり自覚はないようだが、隆也はそれだけの器を持っている。


 鍛冶、調合、調理、錬金術、素材加工……そして、その全てを極めた先にあるもの。


「……アカネ、『倉庫』から『アレ』を出してこい。まもなく私達も出るぞ」


「えっ……」


 エヴァーの指示に、アカネは一瞬驚きを見せるが。


「――はい、師匠」


 すぐさま一礼し、目的の装備を持ってくるべく、部屋を後にする。


 さすがに長く弟子をしているだけあって、アカネは、師匠の感情の機微を良く理解していた。


「さて、と……」


 片割れの護符を首に提げると、エヴァーは着用していた研究用のローブを脱ぎ捨て、全裸になる。


 長い間、この世界を生きているとは思えないほどの瑞々しい肌。艶やかな肢体。


 その全身から、真っ赤に発光する魔法文字が浮かび上がった。


「久しぶりに本気を出す、か。だが……」


 自分でも大人気ないことをしている自覚はある。隆也の『元』仲間というぐらいだから、まだ年端のいかない子供たちだ。


 だが、彼らは、エヴァーに対して、もっともやってはいけない過ちを犯した。


 すでに自分の大事な大事な秘蔵っ子となっている隆也をさらい、そして今も、自分達に隷属させようと痛めつけている。


 許せない、絶対に。


 自分の大事なものたちに害をなす存在を、絶対に許すことなく、断罪する。


 徹底的に、潰す。


 それが、森の賢者であるエヴァーのやり方。


「……それが『報い』だ。ガキ共」


 冷たい瞳でそう呟いたエヴァーは、静かに激怒していた。

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