第54話 アゲイン 1


 もう忘れようと思った。


 ここでの生活を始める前にあったことは、すべてもう過去のこと。


 今は優しい人達に囲まれて、自身の才能を見出され、充実した日々を送っている。

 

 ちょっと気になる人もできた。


 だから、忘れるのだ。 


 昔、隆也が彼らから受けたはずの屈辱を。


 だが、やはり、いざ再会すると、どうしても元の世界でのあの日々を、そして、隆也が絶望の中追い出された学級裁判を、思い出してしまう。


「春川、明人……」

 

 突然現れた元クラスメイトの名を、隆也は口にする。


「ああ、そうだよ名上。俺だよ、委員長だ。離れ離れになって何カ月ぶりかな? また会えてうれしいよ」


 なんて白々しい、と隆也は心の中で小さく舌打ちする。離れ離れだなんて、まるで勝手に散り散りなったみたいな言い方をして。


 そうさせたのは、お前たちだろうに。


「タカヤ、あの人って……」


「メイリールさん、俺がシーラットの皆と出会うの前の話の、覚えていますか?」


「もちろん、覚えとうよ。四十人ぐらいの大所帯の中で、隆也だけいらない子扱いされて……って、もしかしてあの子が?」


 隆也は頷いた。


 実は、この能力が、世界にとって非常に有用なスキルであることが分かった時点で、懸念はしていたことだった。


 ここに来た当初のクラスメイト達は、隆也も含めて無知だった。


 異世界のことなんてまるでわからず事故によって転移し、なにもわからぬままサバイバル生活を送っていた。


 その中でクラスの邪魔者扱いされた隆也は一人となったが、それがきっかけで隆也はクラスの誰よりも先んじることができた。メイリールたちとの出会いだ。


 現地人の彼らに拾われることによって、スキルのことを知り、『木』のことを知って、自分に眠っていた本当の才能を目覚めさせた。


 捨てられていなければ、メイリールに見つけてもらわなければ、それは叶わなかったことだった。


「春川……俺をどうするつもりだ?」


 彼がどう答えるかは想像に難くなかった。


 この数カ月で、彼らも遅ればせながら知ったのだ。


 隆也の持っていた才能が、実はどれだけ貴重なものだったかを。


 なぜ彼がこの場所を嗅ぎ付けたのかはわからない。しかし、クラスには隆也を除き三十七人もいる。そういう魔法や能力に目覚めていても不思議ではない。


「おいおい、随分と警戒してるじゃないか? 俺達、仲間じゃないか?」


 大げさに手を広げて見せた明人の身なりは、少々薄汚れていた。


 隆也同様、すでに学校指定のジャージは来ていなかったが、現地で調達したのだろうと思われる装備品は、お世辞にもいいものとは言えない。所々ほつれの見える外套、手入れされておらず今にも折れてしまいそうな鋼のロングソード。輝きを失った胸当て、ガントレット。


 困窮していることは、明らかだった。


「名上、頼む。俺達のところに戻って来てくれ。俺達は、無知だったんだ。何も知らなかった。この世界がそんな風に出来てるって知らなかった」


「そうだろうね。でなきゃ、合理的な考えができるアンタのことだ、俺のことは追い出さなかっただろう」


 おそらく、三十七人もいて、ただの一人もいなかったのだろう。


 隆也の代わりが出来る人間が。率先して汚れ仕事をできる素質を、『木』をもった人間が。


「だけど、俺達はもう知った。だから、お前を迎えに来た。それだけのことだ」


 言って、明人は、隆也の足元で、土下座するように跪いた。


 縋りつくように。懇願するように。


 邪魔もの扱いし、自分達から追い出した人間へ戻ってきてくださいと懇願しなければならないとは、なんて滑稽な姿なのだろう。


「お願いします。また俺達と一緒に来てください。俺達の助けになってください。もうアイツらには何も言わせない。名上、俺がお前のことを守る。だから……」


「……断る」


 だが、隆也はそれを一蹴した。


 隆也には、もう仲間がいる。


 自分のことをきちんと見てくれる。支えてくれる大事な仲間たちが。


 メイリール、ダイク、ロアー、ルドラ、フェイリア、ミケ、エヴァー、アカネ、レティ、ムムルゥ。そして、ベイロードの街の人たち。


「俺は戻らない。俺はもう、この場所で生きてくって決めたんだ。海鼠シーラットの皆と、ずっと一緒に」


「タカヤ……」


 メイリールが、隆也の隣にそっと寄り添った。彼女にとっても、隆也は、もう彼女の日常の中に欠けてはならないピースの一つとなっている。


 隆也はもう、この世界のお客さんはないのだ。


「……なるほど、大事にされているってわけだ。俺達とは違って」


 交渉が決裂したとわかった明人は、泣き落としをあっさりとやめて立ち上がり、隆也達に背を向けた。


「諦めて、くれるのか?」


「だって、これ以上お願いしたって無駄なんだろ? 俺は無駄なことはなるべくならしない主義だからね」


 ゆっくりと、明人が、二人から離れるようにして、一歩踏み出そうとしたところで。


「――なんて、言うと思ったか?」


 瞬間、バチリ、と激しい稲妻が走ったかと思うと。


 明人の姿がいつのまにか、隆也やメイリールの背後に回っていることに気付いた。


「ヅっ――!!」


「タカヤっ……あぐっ」


 明人放った電撃が同時に襲い、二人は硬直したように動けなくなる。


 麻痺か。


 そう思った時には、すでに隆也の意識は、闇へと落ちていく寸前だった。


 不意打ちを受けたメイリールはすでに膝から崩れ落ちて、うつ伏せに倒れている。


「名上……すまないが、君は連れて行くよ。拒否権はない。だってお前は、俺達クラスの奴隷なんだから」


「くっそ……メイリールさ……みんな」


 メイリールの、仲間の姿があっという間に小さくなっていく中、隆也は失意のどん底に再び突き落とされようとしていた。

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