第53話 再会の朝 3


 手を引かれたまま、隆也はベイロードの街をメイリールとともに歩いていく。


 ここに来た当初は土地勘が全くなかったのもあるけれど、こちらでの生活に慣れ、いざこうして何もない状態で見回してみると、さすがに『都市』という名前が付いているだけあって、色々な顔を見せてくれた。


「この通りがベイロードの中では賑やかなところかな。一番通りって言って、この街が出来たときに最初に作られた通りなんだって」


 ベイロードは港に到着した物資をそれぞれの区域に送り届ける目的で、大きく四つの通りが作られている。港から真っ直ぐ伸びる二本の大通りの左側が一番通り、その隣が二番通りという具合。都市が発展するにつれて、扇形を作るようにして、左から三番、四番と道を通して、今の形となっているそうだ。


 四つの通りを境にして、五つの区域に分けていて、区域ごとにその顔は異なる。


 隆也達がいるのは、一番通りと二番通りに挟まれた中央の区域の『一番街』で、この区域が一番人通りが多い。


 店の外にお洒落なテーブルの立ち並ぶ喫茶店や、銀行などの金融機関や、商会などの大きな建物があり、その隙間に、道具屋や武具店などの個人店が軒を連ねている。いわゆる、商業地区だ。


「二番通りのほうは酒場とか夜の店が多かけん、その案内はまた今度ね。……ダイクとか社長に誘われても、ちゃんと断らないかんよ?」


「だ、大丈夫ですよ……多分」


 隆也はちょっとだけ目を逸らした。


「えっと、それはそうとして、三番と四番のほうはどんな感じなんです?」


「そっちは主に人が住んどうところやね。岸に面した一番左の区域の『四番街』は、大きいお屋敷とか、ちょっとお金持ちの人達の家がある住宅地やね。学校とか、お役所とかも、だいたいここにあるよ」


「高級住宅街、みたいなところなんですね」


「やね。逆に、そことは反対のところにあるほうは、私達みたいな一般市民とかちょっとお金がない人達が住むところかな。治安のほうはお世辞にもいいとは言えんけど、なんかちょっとヘンなお店とか人とかおって、慣れてみると意外と面白いかもしれんよ」


 で、その反対のほうは下層区スラムと。


 そういうのは、どこの世界でもそう変わらないらしい。


「タカヤ、ちょっとそこでお茶でもせん? 本当はもっと色々回りたいけど、そこまで時間はないみたいやし」


 買い出しというのはダイクの嘘なので、本当はいつギルドに戻ってもいいのだが、まあ、ちょっとぐらいならいいだろう。


 しかし、いつまでもというのは、ちょっと恥ずかしかった。


「あの、メイリールさん……」


「ん? どうしたと? タカヤ、顔真っ赤やけど熱でもあっとね?」


「いや、そういうんじゃなくて、その、手……」


「え……あっ」


 隆也に言われて、メイリールもようやく気付く。


 気分が高揚していたせいで気付いていなかったようだが、彼女はずっと隆也と手を繋いだままの状態である。


 隆也とメイリールにとっては『人ごみからはぐれないように』などと自分で自分に言い聞かせることはできるかもしれないが、傍から見れば、年下の少年とちょっと年上のお姉さんが手を繋いで楽しそうに歩いているという構図は、どう考えても『初々しいカップルが朝っぱらから見せつけている』ようにしか見えない。


 実際、すれ違う人達からの生暖かい視線もあったりしているわけで。


「あっ、ご、ゴメンね! 私ったら、つい……」


「い、いえ……大丈夫ですから」


 そうして、互いにほんのり頬を染めた二人は、互いに気まずくなって顔を俯かせる。


 ちっ、という大きな舌打ちが、通りの小さな建物の影から聞こえてきたような気がした。多分ダイクだろう。きちんと仲直りできるているか様子を見に来たようだが、覗きとは、まったくいい趣味をしている。


「っと……や、やっぱりお茶はナシにしとこうか。もう、二人とも買い出しは済ませとうやろうし」


「そ、そうですね」


 本当はもうちょっとだけこのままの状態でいたい隆也だったが、その一言は、喉の奥から一向に出ることはなかった。


 隆也のヘタレは、相変わらずである。


 だが、今はまだこれでいいとも思う。


 急ぐ必要はない。


 まだ、時間はいっぱいあるのだから。


 そう、隆也がひとりごちた、その瞬間だった。

 

「っ……!」


 パチリ、という微かな音ともに、隆也の首筋にわずかな痛みが走った。


 まるで、静電気にやられたような、そんな感覚。


 だが、おかしい。今の隆也の服装で静電気が起こるとは早々思えないし、そもそも空気が乾燥するような季節でもない。


「雷の、魔法——」


 ぞくり、と隆也の首筋を冷たいものが走った。


 魔法を使える人間など数多くいるだろう。師匠はもちろんのこと、アカネでも、レティでも初歩的な魔法なら扱える。


 だが、今、隆也の脳裏に浮かぶ人物はそうではない。


『最近、雷の魔法が使えるようなった』――そう言った人間が他にもう一人いることを隆也は知っている。


「タカヤ、どうしたと? 顔がすごい青ざめとるよ」


「……メイリールさん、今すぐ逃げてください」


「え?」


 恐る恐る、隆也は後ろを振り向く。


「……やっぱり、君だったか」


 そこにいたのは、隆也の予想通りの人物。


「やあ名上、久しぶり。心配していたけど、意外に元気そうで安心したよ」


 忘れもしない。彼の名は春川明人。


 隆也を満場一致でクラスから追放したリーダー格の少年、『委員長』だったのである。

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