第44話 魅魔煌将ムムルゥの憂鬱 2


 ぽきり、ことん。


 からんからん。


「…………」


 オモチャみたいに床に転がった魔槍トライオブダルクの刃を、ムムルゥは呆けてみることしかできなかった。


「? どうしたんですかお嬢様、急に固まったりして。まさか手入れのやり方忘れたとか言わない——」


 メイドのレティが、様子のおかしな主人の顔を訝しげに覗きこむ。


 彼女の視界飛び込んできたのは、真っ青な顔で振り向いたムムルゥと。


 そして、真っ二つに折れた家宝ともいえる魔槍の変わり果てた姿だった。


「ど、どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどうしよう、どうしようどうしようどうしようレティ! 魔槍が、私の相棒が、クローゼットから引っ張り出した途端に、ぼっきり、ぼっきりぃいぃぃっ!」


「魔槍が? そ、そんな馬鹿な……」


 レティも、初めのうちはわが目を疑った。どうせ私を困らせるために、主人であるムムルゥが悪戯でそう見せかけたのだろうと。

 

 だが、彼女の尋常でない狼狽ぶりに、その考えはすぐに否定した。


「折れてる……」


 これまで代々、魔族の中でも絶世の美貌をもつ『魅魔』と呼ばれる種族の長であり、ムムルゥ達一族の片腕として絶大な力を誇っていた魔槍が、まるで死んだように力なく転がっていたのだ。


 悪い冗談どころ話ではない。冗談で終わってくれれば、どれほどいいだろう。


「どーすんのこれっ!? 私、もうすぐ四天王としてお勤めにでなきゃいけないんだよ? 一癖も二癖もある、魔界のイカレタ奴らを相手にしなきゃならないんだよ!? おいこら相棒、悪い冗談はやめてってば!!」


 魔槍トライオブダルクは、その武器自体の切れ味はもとより、所持者の使役する闇の魔法の威力を何倍にも高めてくれるという強力な強化効果バフを付与する副次効果をもたらす。


 そのため、魔法の素質に長ける魅魔の種族にとって、また、これから四天王の役職へと復帰するムムルゥにとって、肝心かなめの武装だったりするのだが。


「ああ、ヤバい、マジヤバい。【魅魔煌将の本体、実は槍のほう】説もあるぐらい大事な武器なのに」


「なら、なんでもうちょっと大事に扱ってやらなかったんですか……」


 どれだけ切れ味の良い武器でも、野ざらし同然に放置したりすれば、いずれはただの錆びた鉱石の塊にもどってしまう。


 中には数千・数万年の間、ずっと野ざらし、下手すれば火山の溶岩の中にあっても全盛期の輝きを一切失わないようなトンデモレベルの一振りもある。だが、それは『魔槍』以上にその存在が貴重なレベルⅨ――『神剣』とか『神槍』といったレベルのものである。


「まあ、とにかく。壊れたのなら修復を頼んでみるしかないでしょう。幸い、うちの館にもお抱えの鍛冶はいるわけですから」


「そ、そうだったな。よし、じゃあ行こうすぐ行こう。こんなことバレたら、お父様に叱られ、その上でお母様にブチ殺されてしまう」


 ムムルゥの母親、つまり先代の『魅魔煌将』は、その地位を娘のムムルゥに明け渡して、すでに隠居の身だが、魔族としての力は全く衰えていない。

 

 大事に扱えときつく言われた上で受け継いだトライオブダルクを、自身のずさんな管理でダメにしてしまったことが露見したら、お仕置きどころでは済まない。


 絶対に、かつ可及的速やかに、事を運ばなければならない。


 期限は一カ月。まだ、時間は十分に残されている。


 だが、二人のその楽観的な見通しも、あっさりと瓦解することになるのだった。


 × 


「え? いない、って……それどういうコト?」


 二つに分かれた一族の家宝をこっそりと持ち出したレティからの報告を、ムムルゥは一瞬理解できなかった。


 ムムルゥは四天王の一人である。上級魔族にはそれぞれ剣や槍、槌や弓といった武器が授けられてあり、その手入れのため、必ず一人は高レベルの鍛冶スキルをもった職人を各々雇っている。


 当然、彼女にもそれが居て、今回緊急に修理を依頼するため、職人がいるはずの工房へとレティを向かわせたのだが。


「いませんでした。工房のあったはずの場所は更地に……どこにいったのかの手がかりも当然ありません」


「ということは、たぶん……」


「引き抜かれたでしょうね、十中八九」


 高レベル武具の加工・修理スキル持ちは、同レベルの戦闘スキル持ちと較べて、圧倒的にその数が少ない。


 魔族は特に戦闘能力に適性を持つ脳筋どもがほとんどなので、さらに貴重な存在となっているのだ。


 だからこそ、有力な魔族たちは、そのような職人を囲い込んで、自分達の武力を万全のものにしようと躍起なっている。


 当然、そこには高い報酬も発生するわけだ。もちろん、ムムルゥの館も、お抱えだったはずの職人に、安くない報酬を与えていた。


 だが、おそらくはそれより高い報酬で引き抜かれたのだろう。魔族は自分の欲望に忠実だから、普段の食べている人参よりも高級なモノをぶら下げられれば、あっさりとそれに食いつく。そういう種族なのだ。


「レティ、どうしよう? このままじゃ、二人ともども指一本のケジメじゃすまなくなっちゃうよぉ……!」


 ムムルゥの世話係になった時点で一蓮托生。レティも、『メイドの監督不行き届き』として、主人と同様の責任を取らされる。


 さすがにまだ指は全部残しておきたい。


 そう考えたレティは、少し考えたのち、ムムルゥへこんな提案をしたのだった。


「お嬢様、人間界へ降りましょう。四天王の仕事に復帰する一カ月以内に、魔槍の修理、もしくはそれに匹敵する槍を創造できるニンゲンを探すのです」

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