第45話 交渉


「――そうして、私達は人間界でトライオブダルクの修理か、もしくは新しい魔槍を作成してくれそうな職人を探すことにしたッス。もちろん、身分は隠して、っスけどね」


 ただ、やはり、依頼を受けてくれる職人探しは困難を極めただろう。こちら側にも職人はいるだろうが。


「聖剣や魔槍といったものを『打てる職人』を探すのは、まあ、難しいことではなかったっス。もしいるとしたら、大都市か、もしくは人里離れた辺鄙な所。大抵はこの二択。私とレティは『魅魔』っスから、それぐらいの情報を聞き出すのはワケないっスからね」


 ムムルゥと、それから今はこの場にはいないレティは、時には夜のバーの嬢として、もしくは情婦として、各地域にいる高レベルの職人の情報を集めた。


「でも、結局は全部断れらてしまった、と」


「四天王『魅魔煌将』とあろうものが……情けない話ッスが」


 ムムルゥは頷いた。


「どこの馬の骨ともわからぬ派手なカッコした連中がいきなり押しかけてきて『魔槍を直してくれ』ッスからね。そりゃあ、誰だって怪しむッスよ。中にはちらっと槍だけ見てくれたニンゲンもいましたが、『これは完全に壊れているから、無理だ』って」


 顔も知らぬ鍛冶職人だが、その人の言う通りだと隆也は思う。

 

 この槍は、明らかに死んでしまっているようにしか見えない。


 剣でも槍でもなんでもいいが、職人の手によってしっかりと作成された武具には、命のようなものが宿っている気がしてならない。隆也は、少なくともそう思っている。


 タカヤの腰の鞘に収まっている『シロガネ』や、アカネの持つ刀剣などは、ひとたび抜けば、自身の存在を主張するかのように美しい光を発する。


 だが、この魔槍にはそれがない。禍々しい形状の三つ又にも、魔力増幅のためだろう魔法文字がびっしりと刻まれた持ち手のほうにも、力を示そうという意志を感じないのだ。


「目ぼしいところは全部空振りで、槍は壊れたまま。でも、期限は刻一刻と迫っている。私達の手指もこれまでか、そう思いつつ、最後にきれいな海でも見ようと思って、半分観光気分でこの場所に来たんスが——」


 ムムルゥが、簀巻きにされているダイクへと視線を向けた。


「む、むむ~!」


「この男が、たまたま接客についたレティに色々喋ってくれたってワケっスよ。レティは下級魔族っスが、外見だけなら、一、二を争うッスからね。『ウチにはレベルⅨの職人がいる』だとか『俺はその仲間で、これからソイツとともに唸るほどに金を稼ぐ予定』とか言って、それはもう必死に口説いてきたようで」


「そうなの、ダイク?」


 口に嵌められた猿ぐつわを外してやると、ダイクは申し訳なさそうに顔を俯かせた。


「す、すまねえタカヤ……でも、俺もその夜のことはあまり記憶にねえんだ。久しぶりにすっげえ美女にお目にかかったって喜んで話してたら、次に気付いたときにはもうベッドの上で」


「まあ、そこのカレのことはあまり悪く思わないでほしいっス。最後に思いっきり金をぼったくってやろうと、レティもちょっぴり魅了魔法を使ったらしいっスから」


 それなら仕方がないかもしれない。そもそも、こんな街に魔族が潜んでいるなどと、この場に居る誰もが思わなかっただろう。


「最初はただの大ぼらだと思ってたっス。どうせ、ウチのレティにいやらしいことでもしてやろうと嘘八百並べ立てたと。でも、いざギルドにいって様子を見てみれば、なんと、いるじゃないっスか。森の賢者――レベルⅨの大魔法使いさんが。それで、私達はひょっとしたら、と思った」


 だからこそ、ムムルゥは最後のチャンスかもしれない、このギルドに乗り込んできた、と。


「なるほど……私としては、修行にのぞむタカヤのためにやった行動だったわけだが、今回はそれが裏目にでてしまったわけだ。自分から進んで弟子をとるのなんて初めてだったから……もうちょっとタカヤの存在は内緒にしておきたかったんだがなあ」


 珍しくエヴァーが憮然とした表情で唇を噛んでいる。彼女としては、もう少し隆也を鍛えてから送り出す算段だったのかもしれないが、その計画も軌道修正を余儀なくされるだろう。


「それで、最終的には今回のお願いに繋がるわけッスが……タカヤ様。私の依頼、受けてはくれないっスか? 成功報酬にはなるっスが、お金はきちんと用意させていただきますし、今回私達が知りえた情報も、口外はしないと誓うッス。だから、だからその……私とレティの手足の指を、どうか守ってやってはくれないっス……いや、くれない……でしょうか?」


「う、う~んと……」


 足指にまでリーチがかかっているというのが本当の話だとすれば、なんとも断りづらい申し出である。


 タカヤの素質から考えて、最初の依頼がこういうものなるかもしれないとは予想していたが、まさかそれが『魔槍』、くわえて、その相手が上級魔族の『四天王』という、幹部中の幹部とは思いもしなかった。


 受けないのが普通だろう、と隆也も思う。これまで彼女達を断ってきた人々の判断は、決して間違っていない。


 だが、どうしても、今の隆也には、懇願して自身に縋りつくムムルゥに対して、首を横に振ることができない。


 そして、さらに。

 

「創造主様、私からもお願いさせていただきます。どうか、我が主のことを助けてくださいませ」


「レティ、お前……」


「申し訳ありません、お嬢様。外で待っていろとのご命令でしたが、旗色が悪そうに思えたので」


 ロアーの制止を振り切って部屋に乱入してきたのは、ムムルゥと一緒に行動をしているレティだった。こちらも同様の風貌をしているが、金に煌く頭髪と白磁の肌は、かぎりなく人間に近い。女好きのダイクなら、迷わず食いつきそうな美貌の持ち主である。


「創造主たるタカヤ様、それに海鼠シーラットの皆様……もし、この申し出を受けてくださるのであれば、私が、このギルドで人質となる……というのはどうでしょうか?」


「えっ……」


 ムムルゥの腹心とも言うべき存在からの提案に、彼女の主人を含めた、その場にいる全員が固まったのだった。

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