第43話 魅魔煌将ムムルゥの憂鬱 1


「あの、ひとまず話は聞いてあげますから、落ち着いて……」


「本当っスか!? やった、やったッス! 数々の武器職人たちから門前払いを喰らうこと数十……うう、やっと、やっと玄関に入れてもらえるッス!」


 まだ何も決まっていないのに、ちょっと話を聞いてもらえると知っただけで、この喜びようである。


 さっきまであれだけ強者感を出していたはずの上級魔族は、いったいどこへ消えてしまったのだろう。


「師匠……その、この人って、本当に上級魔族なんですか?」


「私の記憶ではそのはずだがな……『魅魔煌将』のムムルゥ。過去、私もちょっとだけ戦ったことがある。全魔族の中でも、当時は十本の指に入っていたはずだが」


 ということは、魔族の中でもエリート中のエリートということになる。


 では、それほどの悪魔がなぜ、こんな地方都市の小さなギルドに押しかけてきたのだろうか。訳アリなのは、まず間違いないだろうが。


 ひとまずは、話を聞くほかない。


「ムムルゥさん、とりあえず最初から話してくれませんか? 多分、この壊れた槍が発端だっていうのは、なんとなく察しがつきますけど」

 

 壊れてはいるが、彼女の所持品であろうこの槍も、かなりの業物であることは言うまでもない。今の隆也でも槍自体は作成可能だが、『魔槍』となると、話は大分違ってくる。多分、今の隆也では『聖剣』などと同様、作成できるレベルに達していない。


「う~ん、まあ……話せばちょっとばかし長くなるんすケド……」


 そう言って、ムムルゥは、ぽつりぽつりと、ベイロードに来るまでの直前の状況を話してくれた。



 × × ×



「あ~……だるい、後一カ月でお勤めが始まってしまう~……もっと、もっと休みたいよ~……」


 ヒトとはちょっとだけ異なる次元に存在する『魔界』にある邸宅の寝室で、魅魔煌将ムムルゥは、部屋の中をゴロゴロと転がりながら、そんな甘ったれたことを口にしていた。


 魔界は、その時代における最強の実力を持つ最上級魔族『魔王』と、その補佐役を務める上級魔族『四天王』の五人が、大きく分けて五つある地域をそれぞれ統治している。


 四天王の『五人』と聞くと、妙に思われるかもしれないが、実は何も間違っていない。


 四天王は、五人いる。


 彼らは、魔王のいる城を中心として、北西、北東、南東、南西の各地域の統治を数十年から数百年の単位で持ち回りで交代しているのだ。


 五人いる理由は、大抵、千年単位で起こるヒト族との戦争が原因である。


 魔界における統治は、基本的に力で強引に抑えつけることがほとんである。部下の不平不満には耳など傾けない、逆らったヤツは一族郎党皆殺し。そんな常識がまかり通っている殺伐した世界だ。


 では、そのトップが何らかの理由でいなくなったらどうなるだろうか。


 まず、荒れるのは間違いない。それまでは突出した四天王の力があって抑えつけていたものが一気に噴出することになるので、四天王の後釜を狙って同族間の争いが起こってしまうのだ。そうなると統治どころではなくなる。


 それを避けるため、どんな状況でも四天王が欠けることのないよう、余分に一人待機させておき、何かあったらすぐそのポストに座らせて混乱を抑え込む。そんなシステムを、当時の魔王が考え出したのである。


 で、現在、ムムルゥが、その待機中の四天王というわけだ。


 ちなみに今の四天王たちは特に何もなく健在だが、定期的に休養を取らせて消耗した力を取り戻させる目的で、このたび、ムムルゥは北西地域の将軍にその役割を明け渡すこととなっていた。


 北東→南東→南西→北西→待機→北東……というサイクルである。


「休養十分、魔力も充実。でも、やる気だけは未だゼロ~……」


 今回の待機期間は、現在、比較的平和なのもあり、かなり長かった。正確に測ってはいないが、おそらく二百年以上は休んでいるだろう。


 正直もう働きたくない、と彼女は強く思っていた。


 魔界にいる悪魔たちが皆好戦的だと思ったら大間違いだ。闘争なんてクソ喰らえ、魔界スローライフ万歳。そんな物好きだって、少数は存在するのだ。


 どちらかと言えば、ムムルゥもそんな物好きのうちの一人である。


「お嬢様、ただいま戻りました——ってなにこれクサッ!?」


 と、ここで、ムムルゥの邸宅でメイド兼護衛兼その他もろもろをこなす下級魔族のレティが、主人の部屋に足を踏み入れる。生まれた時からずっと一緒の幼馴染で、あれやこれやと補佐をしてくれる友人。


「お~、レティ。おかえり~。お土産は?」


「買ってきましたけど、その前に掃除でしょう? 私がちょっと出かけているだけで、なんでこんな惨状になっちゃうワケですか? 馬鹿なんですか? 頭にウジでも湧いているんですか?」


 現在、怠惰の限りを尽くす魅魔煌将の部屋は、寝床であるベッドを除いて、ゴミの山で埋め尽くされている。大抵は、酒瓶や口散らかした食糧の類で、食べ残しから悪臭が漂っていた。


「ええ~、だって、掃除すんのメンドクサイ……」


「はあ……アンタ、それでも四天王の一人なんでしょ? もうすぐ勤めにもでなきゃならないのに、そんなんでいいワケ?」


「あともうちょっとしたら数百年は家に帰れなくなるんだぞ~、その前に、これでもかとレティに甘えたいんだゾ~」


「私はアンタについていくんだから、その論法は通じません。ほら、部屋の掃除は私がやりますから、お嬢様はこれから持っていく武器の準備でもしておきなさい」


「ちぇ~」


 メイドの手によって、問答無用でベッドから放りだされたムムルゥは渋々といった表情で、部屋のクローゼットの中にしまい込んでいるはずの『相棒』を、これまたゴミのように堆く積もった衣装の山から引っ張りだした。


「魔槍トライオブダルク……最後に使ったのいつだろ? 家に帰ってきてから中に放り込んだままだったからな~」


 ムムルゥの一族に代々伝わる槍で、休養前までは、彼女の相棒として猛威を振るっていたレベルⅦ~Ⅷ相当の『魔槍』。


 できればもう少しこのにも休養をあげたいところだが、これも命令なので仕方がない。


「んしょ、んしょ……と。ふう、疲れた。ねえレティ、お茶」


「どんだけスタミナないの!? まだこっちが終わってないから、アンタはそこで刃でも磨いてなさい」


「え~? いらないよそんなの。曾祖父様の代からこの槍あるけど、どんだけ乱暴に扱っても切れ味一つ悪くならないし」


 両親から受け継いだこの槍は、すでに彼女が産まれる数千年前から存在している。そう少なくない大戦もいくつか経験しているようだが、その全てを無傷で生還している。


 だから、彼女も、この時は予想もしていなかった。


 ――ボキンッ!!


「……へ?」


 そんな伝説クラスとも言っていいはずの魔槍が、彼女がクローゼットから取り出した途端に、刃の根元から真っ二つに折れてしまったことに。

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