第42話 最初の依頼
「――お、タカヤお帰り。なんか見違えたね~」
メイリールを追いかける形でギルドに戻ると、窓口で雑務をしているミッタが出迎えてくれた。彼女はこの前見た時よりもちょっとだけふくよかになった気がしなくもない。給料が上がって、もう道端の草で急場をしのがなくてもよくなったのかもしれない。
「ミッタさん……あの、メイリールさんは」
「ああ、あのバカなら、あそこで干からびてる」
ミッタが部屋の隅っこを指差すと、そこには膝を抱えてうずくまるメイリールの姿があった。
「タカヤが……ヤリ、ヤリ……おばさんの毒牙にかかって……私のほうがお姉さんなのに先を越され……」
「まだやってる……」
修行中、刺激の多い場面に出くわすことも多々あった隆也だったが、断じて彼女が勘違いするようなことは起きていない。
師匠、アカネ、ミケ。皆、隆也には勿体ないぐらい美人だし可愛いと思う。だが、師匠は師匠で、アカネは姉弟子。ミケに至っては狼でペット。彼にとっては、すでに家族のような認識だ。
「あ~、あのバカのことは私がなんとかやっとくから。タカヤはほら、さっさと社長室に行って。みんな、そこで待ってるから」
「わかりました。じゃあ、よろしくお願いします」
死んだ目でうわごとを呟くメイリールを彼女に任せ、隆也は館の女性陣三人を伴って二階へと向かう。
「! 来たな、タカヤ」
「ロアー」
階段を上がるとすぐに三バカのリーダーが出迎えてくれる。いつもならダイクと一緒にいることが多い彼だが、今は一人である。
「すまんな。修行中だってのに、急いで呼んじまって」
「いや、ちょうど終わったところだったし。ところで、ダイクは? 一緒じゃないの?」
「ああ、アイツは今社長室で『反省中』だ」
「反省中?」
事情を知っているはずの師匠を見るが、師匠はうっすらと笑って社長室のほうを顎でしゃくるのみ。
開ければわかる、ということか。
「失礼します。隆也、ただいま戻りました——」
ノックし、すぐさまドアを開けると、そこにいたのは四人。
応接用のソファに隣り合うように座る
それに、おそらく隆也を指名したのであろう依頼者の姿だった。
今はフードを被っていてどのような人物なのかはわからないが、背格好でいえば、この中では小柄なフェイリアに近い。
おそらくは女性だろう、と思う。
「むー、むむむー!」
猿ぐつわまで噛まされているダイクが、隆也の姿を見て芋虫のように体を捩っている。ロアーは彼のことを『反省中』と言っていたが、何かの罰だろうか。
「すまん、タカヤ。そこにいる馬鹿のせいで、お前の情報がもう漏れてしまった」
「俺からも謝る。ダイクがお調子者なのは知っていたが、まさかこうなるとは思わなくてな。俺のせいだ」
立ち上がったフェイリアとルドラがすぐさま隆也に頭を下げる。
ギルドとしては、生産加工系スキルの『レベルⅨ』持ちである隆也の情報は出来るだけ隠しておくスタンスのようだったが、ダイクの『やらかし』が原因で噂が広まってしまったらしい。
「ククッ……そこの男も間抜けっスよね。酒に酔った勢いで店の女を口説き落とそうと色々吹いたらしいケド、それがこのアタシに繋がっているとはネ」
隆也から背を向けた依頼者が、嘲り笑いながら言う。高い声からして、おそらくは少女のもの。
「あの……俺を指名した人っていうのは、あなたですか?」
「そうっスね。ところで、アンタがレベルⅨの
「……お前のようなヤツが何故こんな地方都市くんだりまで来たかは知らんが、タカヤに何かしてみろ。貴様の首、ないものと思え」
「おお、コワ。アタシだって、そんな物騒なことをやるつもりはないっスよ。森の賢者エヴァーに、それと、赤ん坊とはいえ、なぜかそこにいる神狼族。これらの相手はいくらアタシでも面倒がすぎるッスから」
気づくと、隆也の隣に付き従っていたミケが、狼状態になって臨戦態勢の状態となっている。神狼族、と目の前の少女は言っているが、それがミケの正体なのだろうか。
ルドラやフェイリアも、見た目は平静を保っているようだが、無差別に敵意を飛ばすミケに気圧されているのは明らかだった。
「ミケ、ちょっと大人しくしてて。みんな怖がってる」
「グゥゥゥ……」
「大丈夫、俺を信じて。この人だって、喧嘩をするために来てるわけじゃないだろうから」
興奮状態のミケを落ち着けるように、彼女の頭をゆっくりと撫でる。アカネや師匠の言うことにはあまり耳を傾けないミケだが、主人である隆也の命令は絶対である。
「わかった。でも、きをつけて。ごしゅじんさま」
隆也の身を気遣う視線を向けた後、ミケは、隆也の命令通りに人間の姿に戻る。ただ、少女の姿に戻ってもなお、隆也を守るようにしてべったりと抱き着いているところから、目の前の依頼者が、彼女に匹敵するだけの力を持っていることは容易に想像がついた。
「へえ。ニンゲンなんかにこれほど懐く神狼がいるとは……さすがレベルⅨってとこっスかね」
「俺は別にそんな大層な器じゃないですよ。俺は自分のやりたいようにやっているだけです。ところで、あなたは一体何者なんですか? 用があるのなら、まずはそちらが名乗るべきでは?」
「そうっスね。隠密行動とはいえ、いつまでもこんなクソ暑苦しいモンを着込むのもイヤっすから」
言って、依頼者は被っていたフードをうざったく投げ捨て、自らの正体を顕わにする。
紫色をした髪と、頭に生えた黒いヤギの角。そして、一番目を引くのは、褐色の背中より生えた蝙蝠の小さな羽。
「アタシの名はムムルゥ。魔界でその名を知らぬものはいない上級魔族の一人。今日はアンタにちょっとしたお願いがあって来たっスよ」
自身をムムルゥと名乗った悪魔の少女は、傍らに置いていた長い包みを隆也に手渡した。
「これは……」
大事そうにくるまれている布を取ると、そこにあったのは、破損し、完全に使い物にならなくなった槍があった。
「ニンゲン! あ、いや、今日はそんなクソなプライドはどうでもいい……創造主様、いや、タカヤ様!」
「え、ちょっ……!?」
と、ここで、それまで余裕のある表情で師匠やミケを相手にしていたムムルゥが、予想外の行動をとった。
自分で上級魔族と名乗った存在が、普通の人間である隆也に縋りつき、必死の形相で懇願してきたのである。
師匠ですらも、この行動は意外だったのか、驚いている様子だった。
「お願いッス!! どうか、どうかこの私に、新しい『魔槍』を創ってはくれないっスか!?」
せっかくこれからメイリール達と仕事が出来ると思った矢先の出来事。
依頼主は、まさかの上級魔族。
また面倒くさいことに巻き込まれそうだな、と内心溜息をついた隆也であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます