第41話 ベイロード再び
師匠の転移魔法によって、隆也は、久しぶりに自分の
海沿いの街並みは相変わらず慌ただしく、そして明るさに包まれていた。
この街にいたのは、ほんの数日しかなく、滞在時間でいえば、賢者の森のほうが長い。しかし、もう何年もこの場所にいたような懐かしさを感じていた。
「海沿いの街か……
「う~……なんか、へんなにおい」
後、今回はアカネとミケも一緒である。ミケは必ずついてきただろうが、アカネまで同行することになったのは意外だった。
「ところで師匠……どうしてギルドに直接転移しなかったんですか? 俺を指名してきた人って、そこにいるんでしょう?」
隆也達が降り立ったのは、シーラットのある場所から少し離れた街の入り口付近である。これだけ隆也を急がせるぐらいなのだから、さっさとギルドの社長室にでも飛ばしてくれればいいのだが。
しかし、隆也のその問いに、エヴァーは逆に呆れたように肩をすくめた。
「こらこら……隆也、お前、まさかその格好のまま仕事相手と会うつもりじゃないだろうな?」
「え?」
エヴァーが、隆也の伸びた前髪を触る。ここに来る前から、もともと目を覆うほど伸びていたが、館で約一カ月、修行で約一カ月の生活で、顔の上半分が隠れようかというぐらいになっている。
襟足なども同様で、多分今の状態だと、後ろで結べるぐらいにはなっているはずだ。
「師匠の言う通りだ。隆也、お前はもうちょっと身だしなみに気を配れ。さっきまで修行中だったから特にうるさくは言わなかったが、今の貴様の見た目は少々、いや、かなり不潔だぞ」
「ごしゅじんさま、ちょっとくさい」
修行あけで汗ばんだ全身、何日も着たままの状態の衣服。
隆也自身にとってみれば特に気にはならないレベルだが、しかし、ミケすら含めた女性陣三人にはかなり不評のようである。
「と、いうことで、これから客に会う前に、お前を人前に出せるようにする。心配するな。ちゃんとルドラの了解はとってある。客にも少し遅くなることは伝えているようだからな」
「あの、これからいったいどこに?」
「まずは、風呂。次に服だ。なに、金なら心配するな。ギルドにツケておくから」
「そこは自分の金でなんとかしましょうよ……」
利用できるものはなんでも利用するスタンスの師匠に呆れながら、隆也はひとまず銭湯へと引っ張られていった。
×
風呂に入り、これまでの汚れを綺麗さっぱり洗い流した後は、いよいよ服装である。
現在、隆也は、エヴァーが以前に着用していたというお古の魔法衣を着ている。効果の実感はできにくいが、生地の裏側に防御魔法の刺繍が施されているし、なにより丈夫なので、機能性を特に重視する隆也にとってはお気に入りの一着である。
だが、服屋に入るなり、エヴァーはそれをあっという間に隆也から剥ぎ取ってしまい、その上、魔法で塵も残さず燃やしてしまったのである。
そうして師匠やアカネの着せ替え人形と化した隆也は、あれよあれよという間に、賢者好みの外見へとさせられていったのである。
「……うん、こんなものかな」
小一時間ほど経ち、ようやく隆也は師匠から解放される。
彼が着用しているのは、機能的には少々心許ない薄手のフードローブと、新しいシャツやズボン。あとはタリスマンなどの装飾品が少々。
ファッションに疎い隆也にはピンとこないが、少なくとも自分の体型には、ぴったりとはまっている。また、隆也の新しい短刀と合わせても、特に違和感はない。
長かった髪も、短く切りそろえ、以前と較べれば、鍛えられた体も相まって、見違えているだろう。
「えと……アカネさん、どうですか?」
「いいんじゃないか? これなら、まあ、人前に出ても恥はかかないだろう。これなら『シロガネ』も、それなりの品に見えるだろうしな」
「シロガネ?」
「お前の短刀の名前だ。今、考えた。お前には立派過ぎるがな」
お互いにあまり良いとはいえないネーミングセンスだが、今回は珍しく冴えているほうの姉弟子だった。
シロガネ。白く煌く刀身にはぴったりの名前である。
「ごしゅじんさま、かっこいいよ?」
「ありがとう、ミケ」
言って、隆也はミケの頭をくしゃくしゃと撫でる。安物であるが、ついでにミケにも新しい服を着させている。狼状態になったら服が破けてしまうのだけが問題ではあるが。
「では、用事も終わったのでさっさとギルドに戻って——」
「タカヤ~、おる? 迎えにきたよ~!!」
店を出ようとしたところで、入口のドアの隙間から、久々の明るい声が聞こえてきた。
いひひ、と笑いながらひょっこりと顔を出したのは、もちろん、メイリールである。
「メイリールさん」
「そうよ、私。タカヤ、久しぶりやね。元気しとった?」
久しぶりに再会した彼女の姿は、まったく変わっていない。
最初に会った時と同じ、笑顔の眩しい綺麗な女性である。
「それにしてもタカヤは随分変わったやん? 一瞬、脱皮でもしたとかと思ったよ」
「そうですかね? 俺はいつも通りでしたけど」
「そんなことなかよ。タカヤ、格好よくなった。ダイクとロアーも、見たらきっとビックリする、ね……」
と、ここでメイリールの表情が固まった。
瞳に移っているのは、タカヤの傍にくっついているミケと、それからなぜか隆也の後ろに隠れてメイリールの様子をうかがっているアカネ。
「……ねえ、タカヤ。そこにいる小さな女の子と、それから黒髪の美人さんは、一体どちらさん?」
「あ、この人、というか話せば長くなるんですけど……」
「わたしはミケ。ごしゅじんさまのしもべ。ごしゅじんさまのめいれいなら、なんでもきく、ごしゅじんさまのいぬ」
「わ、わたしは、つ、つつつつ……」
「姉弟子、どうしたんですか?」
「こ、こらっ、離れるな。私だって、師匠とお前以外の人間に会うのは久しぶりなんだぞ……!」
ミケは相変わらずだが、アカネがこんな反応を見せるのは意外だった。
どうやら彼女も隆也と同じく、極度の人見知りのようだ。
「しもべを自称する幼女……背中に寄り添う黒髪美人……」
それまでと一変して死んだ魚の目になったメイリールが、うわごとのように二人のことをつぶやき、そして、
「うわ~ん! タカヤがっ! タカヤがヤリ〇ンになって帰ってきた~!!」
そう言って、泣きながら隆也のもとから逃げ出したのだった。
「にげた」
「ふ、ふう……まったくなんだったんだあの人は。いきなり不躾に出てきてビックリさせおって」
「いやいや! 二人とも、なにホッとしてんの!? さっさとメイリールさんの誤解を解きにいかなきゃでしょ!?」
「まったく、相変わらず騒々しいヤツだ。私達がタカヤの竿姉妹になっただけであそこまで取り乱すなどと」
「師匠! アンタはアンタで人聞きの悪いこと言わないでくださいっ!!」
この後、隆也はしばらくの間、住民の一部からとても不名誉なあだ名をつけられることになるのだが、それはまた別の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます