第37話 名付け親
あらぬ嫌疑をかけてきたアカネの誤解をなんとか解いて、隆也達は一緒に朝食を摂り始めた。
朝、昼、夜の食事は必ず館の皆で食べるように——それが、館での生活における唯一といってもいいしきたりである。
例え館の外で修行中だろうが、その途中で出会った、まだ名前すらわからない『お客様』が居ようが、関係ない。
弟子である隆也とアカネは、それを今日も忠実に守っていた。
「ほら、口開けて。あ~ん」
「あ~、むっ」
隆也が大きな塊の肉の乗った木匙を差し出すと、少女は犬耳をぴょこぴょこと動かしながら大口を開けてそれにかぶりついた。
当初は一人で食べてもらうつもりでいたが、食器類を上手く扱えずにスープで体をベトベトにしたのを見て、結局は隆也が面倒を見ることとなった。
「おいひい」
「そう? ならよかった」
隆也の薬と看病が良く効いたのか、少女の体調はすっかり元に戻ったようである。薄汚れていた銀の毛並みは見違えるほどに綺麗になり、朝日を受けて毛の一本一本が煌いて見える。体は細いし、まだ顔もやつれ気味ではあるが、これからしっかりと食べさせてあげればそれもなくなるだろう。
嬉しそうな顔で隆也の作った料理を頬張っているのを見ると、彼としても、お節介を焼いた甲斐があったというものだ。
「あのさ、ところでどうして俺が『ごしゅじんさま』なの? 俺が、君のことを助けたから?」
口の中のものが全部なくなったのを見計らって訊くと、少女は隆也のほうをまっすぐに見つめて、こくりと頷いた。
「ごしゅじんさま、わたしをたすけてくれた。ごしゅじんさまのこと、たべようとしたのに、ごしゅじんさま、わたしのことたすけてくれた。うれしかった」
言って、少女は甘えるように隆也に抱き着いて頬ずりをする。
悪いことをしたのに、それでも自分を助けてくれた隆也に、これ以上ない恩義を感じてくれているのだろう。
「わたし、ずっとひとりだった。さびしくて、さむくて、あつくて、くるしくて。だれもたすけてくれなかった。でも、ごしゅじんさまは、たすけてくれた。ひとりじゃなくしてくれた」
「だから、そのお礼をしたい、ってこと?」
「うん。わたし、ごしゅじんさまのしもべになるってきめた。だから、ごしゅじんさまは、わたしのごしゅじんさま」
幼い彼女なりに、きっと色々と考えたのだろう。隆也に受けた恩を、どうやって返せばいいのかを。
だが、隆也とて見返りを期待したわけではない。あそこで見捨てたら、隆也を見捨てた『アイツラ』と同類になるようが気がしたから、助けただけである。
「じゃあ別に必要ない、って俺が言ったらどうする? 逆にそのほうが迷惑だから、さっさと飯くってどこへでも行けって言ったら」
「……ごしゅじんさま、わたしがしもべになるの、いやなの?」
「例え話だよ。もし俺が『しもべなんかいらない』って言ったら、キミはどうする?」
「う~……」
ほんの少しの逡巡のあと、
「……いや」
そう、彼女はぼそりと言った。
「いやだ。ごしゅじんさまといっしょがいい。ごしゅじんさま、やさしい。あったかい。さびしいのは、ひとりぼっちなのは、もういやだから」
彼女は駄々をこねて、隆也にしがみつく。
おそらく初めて知ったのだろう他者とのつながりと、そしてその暖かさ。
その心地よさを知ってしまったら、もう以前の、ひとりぼっちの自分にはもどれないだろう。
隆也も、少し前にそれを知ったのだから。
「タカヤ、言い出しっぺは貴様なのだから、最後まで面倒を見てやれ。それが手を差し伸べたものの責任というものだ」
「もちろん、わかってますよ。というか、もとよりそのつもりでしたから」
隆也は少女の頭を優しく撫でつつ、思う。
もしかしたら、最初に自分を見つけたメイリールも、こんな感情だったのかもしれないと。
「へんな質問してごめん。俺はキミを助けたけど、だからって、必要以上に責任を感じて欲しくなかったから」
「じゃあ、いいの? わたし、ごしゅじんさまのしもべでいいの?」
「うん。むしろ、そっちのほうが助かるかも。だってキミのが、そこのアカネさんよりもよっぽど強……」
「あ?」
「あ、いや、うそですすいません調子乗りました」
ちゃき、と、アカネが刀に手をかけたところで、隆也はすぐさま詫びを入れた。
相変わらず、姉弟子の眼光は鋭いし怖い。後、冗談や融通もあまり効かない。
もうちょっと素直さがあれば可愛げがあるのになあ、と隆也は心の中で思う。
「まったく貴様というやつは……ところでタカヤ、その子の名前はつけなくていいのか?」
「え?」
「え? って……これからソイツは貴様のしもべ、つまりはペットになるわけだから、名前ぐらい付けるだろう。ライゴウマルとか、ギンジロウとか」
この子は女の子なのでその名前は無いが、しかし、姉弟子の言うコトももっともである。
せっかく新しく仲間になったのに、いつまでも『キミ』呼ばわりというのもおかしい。
この子に相応しいちゃんとした名前をつけてあげなければ。
しかし、その問題を解決するのに、ちょっとした問題があった。
「タカヤ、それで、コイツの名前どうする?」
「う~ん、とそうですねぇ……」
たっぷり数分間、無言で時を過ごしたのち、隆也はようやく答えを絞り出す。
「……ミ、ミケ、とか?」
「……おい」
隆也には、ネーミングセンスが全くというほど無かったのである。
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