第38話 ミケ
アカネのセンスも大概であることを忘れてはいけないが、隆也は、それに輪をかけるように、さらに酷い名付けだった。
「タカヤ、その名前は猫につける名前じゃないか? 貴様のしもべは狼……つまりは犬のようなものだぞ?」
「わ、わかってますよその位……でも、なんかこの名前ぐらいしか思い浮かばなくて」
実は隆也も、真剣に考えていた。まず、彼にとって、犬の名前として真っ先に浮かんできたのは『ポチ』である。
元の世界ではポピュラーであろう名前だ。無難だが、無難が一番である。
だから、始めはそう名付けようとしていた。『ポチ』にしても、多分この子はその名を受け入れてくれるだろう。
だが、ここで隆也の決心に待ったがかかる。
彼女は、女の子だ。
隆也のイメージとして、ポチという名前はオスにつけられやすいもの、というものがある。
女の子にポチなんて、つけられた側としてはたまったものじゃないかも。
そう考えた隆也は、一旦、名前を口にするのを待った。
ポチはダメ、じゃあ他にはなにがあるだろう、と。
ジョンとかメアリーとかいった、犬のくせして外国被れした名前をもらったクソ犬が、これまたクソを垂れながら街中を闊歩しているのを、隆也は見たことがある。それに倣って名前をつけるべきか。いや、この子はそんなイメージではない。
と、そんなこんなでどうでもいいことに思い悩む隆也に、ふと電流が走った。
そうだ、『ミケ』だ、と。
ミケなら女の子につけても違和感はないだろう。語感も悪くはないし、意外に素直な少女に合っている気がする。
と、いう考えが先走って、隆也はミケという名を口走ったのだった。
ミケという名が、猫によく付けられるものであることに気付いたのは、アカネが苦い顔をして突っ込んだ時だった。
「タカヤ……貴様、なんか色々と残念だな」
「はい。言い訳のしようもございません……」
まったくの役立たずを隆也が露呈したところで、代わりに姉弟子に考えてもらおうと思った隆也だったが、
「ミケ……それが、わたしのなまえ?」
「……うん、いや、まだ決まったわけじゃないけど」
しかし、当の本人は、顔をぱあっと明るいものにしたのである。
「ミケ、みけ……わたし、ミケがいい。ごしゅじんさまがさいしょにつけてくれたなまえ。だから、わたしはミケ」
「え、と……いいの?」
「ん!」
少女はにっこりとした顔で力強く頷く。
ぴょこぴょこと揺れる耳に、大きく振られるフワフワの尻尾。隆也に気をつかっているわけではないようだ。
かなりの見切り発車ではあったけれど、これで正式に彼女の名前が決まったわけである。
猫じゃなく狼ではあるけれど、彼女の名前は、ミケだ。
「ところでアカネさん」
「ん? どうした、まだ何かあるのか?」
「いえ、もし仮にアカネさんがミケの名付け親になるとしたら、どんな名前をつけるのか、と」
弟の名付けについて姉は散々に酷評をしたわけだが、では逆の立場なら、いったいどんな素晴らしい名付けをなさられるのだろう。
「なっ、なぜそんなことを訊く!? もうこの話は終わっただろうが」
「いや、ダメですよ。僕のことを散々『色々と残念』だとかこき下ろしたんですから、なら、今後のために見本を示してくれないと。姉弟子として」
「うっ……」
「さあ、見本を。お手本を見せてください。アカネさん」
「わ、わかったよ。まったく、意味のないことにこだわりおって……」
隆也の謎の勢いに圧倒されたアカネが、観念したように、ミケのほうを見、眉間にしわを寄せる。
一分ほどそうした状態が続き、そして、アカネもぼそりと呟いた。
「う~ん、と……その、『ざくろ』とか……」
「ざくろ……」
「「…………」」
ほんの少し、沈黙。
「……もう、この話はやめにしましょう」
「……そうだな」
「ふたりとも、なんかへん?」
朝っぱらから謎のダメージを負った様子の弟と姉の姿を見、ミケは不思議そうに首を傾げたのだった。
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