第35話 二人と一匹
暫定的に二人と一匹(ないしは一人)となった隆也達パーティは、ひとまず、狼少女の治療のために、すぐさま洞窟を抜け、館の反対側の森へと出た。
夜の森は、平和な昼のそれとは打って変わり、夜行性の魔獣が蠢く危険地帯へと変貌する。
月の光など絶対に届くことのない緞帳が降りた夜の獣道。
時折、悲鳴にも似た獣達の叫び声を遠くに聞きながら、隆也は、背中の上でなおも苦しそうに呼吸している少女を揺らさないようにして、慎重に、姉弟子であるアカネの背中を追いかけていた。
「うぅ……あぅぅ……」
「大丈夫、キミのことは俺がなんとかして助けてあげるから。だから、もうちょっとだけ頑張ってくれ」
そう言って隆也が少女の頬に触れる。やはり、かなりの高熱も発症しているようだ。
「……よし、この辺でいいだろう」
洞窟を抜けてしばらく走ったところで、アカネが立ち止まった。獣道の中にあって、比較的平坦で、邪魔になりそうなものも特には見当たらない。
彼女の容態を考えれば、ここで処置をするしかなさそうだ。
「タカヤ、私がこの先に行って薬の材料を取ってくる。本来貴様のお使いなど土下座で懇願されてもごめんだが、事情が事情だからな」
「ありがとうございます、アカネさん」
「っ……!?」
「あの、アカネさん?」
「ほ、ほら、いいからさっさと教えろ。もたもたしてたらせっかくのお節介が無駄になるぞっ!」
「…………」
本当の名前を呼ばれるだけでここまで赤くなる女の子を、隆也は初めて見たかもしれない。
普段は自身に理不尽な仕打ちや言動の多い姉弟子だが、この時ばかりは、不覚にもちょっとかわいいと隆也は思ってしまった。
「おほんっ……では十分ぐらいで戻ってくる。その間、お前はできるだけソイツの傍にいてやるといい」
隆也から必要な材料のメモを受け取ったアカネは、溶けるようにして、夜の暗闇の中に消えていった。
グレンベニの毒は厄介だが、被害も多く報告されている分、解毒のためのレシピも数多くある。手遅れになる前に治療してやれば、少女の頑丈そうな体であればすぐにでも回復するだろう。
「あぅ……」
できるだけ柔らかな地面を選んで少女を下ろしてやろうとするも、当の本人は隆也の服をしっかりと掴んで離さない。
「なにやってんだよ、ほら、早く横になりな。そっちのほうがずっと楽だから」
「ぅぅぅぅ……」
なんとか手を振りほどこうとするも、少女はなおも隆也から離れようとしない。というか、むしろ彼が抵抗すればするほどに、少女は強い力で隆也に身を寄せていた。
どうやら、いたく隆也の体温を気に入ってくれたようである。
「まったくもう、死にかけのくせしてどこそんな力が残ってるんだか……」
諦めた隆也は、少女を腕の中に抱いたまま、ゆっくりとその場に座った。
ずっと抱っこの状態をキープするのも腕が疲れるかと思ったが、意外に軽かったおかけで、なんとかなりそうである。
調合作業の邪魔になるのに目をつぶれば、だが。
「……妹とかいると、こんな感じ、なのかな」
ふとそんなことを思いつつ、隆也は彼女を腕に抱いたまま、応急処置の準備を進めていった。
今日は、長い夜になりそうである。
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