第32話 イレギュラー 1
ツバキバルの悪い予感が当たってやしないか、それが悪い方向に傾いていかないかと不安だった隆也だったが、幸いにも、道中で大きな問題は起きず、順調に森の中を進んでいた。
「着いたぞ。ここが向こう側に行くための洞窟だ」
賢者の森は、館の有るほうの森と、そうでないほうの森を大きく二つに割るようにして、大きな山脈が伸びている。今回は山脈内の洞窟を通るルートを採用しているが、その山脈自体を踏破するルートも存在するようだ。
ただ、こちらはあまりにも道のりが険しすぎるため、姉弟子によれば、師匠ですら興味本位で一回行ってみただけとのこと。
どんな生物が住み、資源があるのかすら不明……それこそ本物の秘境だ。
「ぜえ、ぜええっ……つ、着いたあっ……これでやっと休める」
途中途中で隆也の体力回復までに休憩を挟んだおかけで、日没から少し時間は経ってしまったが、それでもなんとか今日の野営地までたどり着くことが出来た。
ただ、もうこれ以上は体力の限界で、一歩も進むことができないけれど。
「タカヤ、何をやってる。まだ今日の日程は終わっていないぞ。私はこれから今日の食糧を調達してくるから、貴様は野営の準備だ。それが終わるまでは寝ることは許さん」
一方のツバキバルは、へばっている隆也に呆れて溜息をついている。彼女も隆也と同じルートを辿っているが、こちらは汗一つかいていない。
日常的に野山を駆けているのだろう。長距離の道のりを自身の足で歩くのは初めての隆也とは、経験からして違う。
悲鳴を上げる節々をなんとかなだめすかせて、隆也は本日の寝床の準備を始めた。タカヤに課された仕事は、火起こしと、それから本日の食事の準備。
「えっと、水は途中で汲んできたからOK……メインは姉弟子に頼るとして、あとは、その他の食材の確保と、調味料の調合かな」
館側の森には、薬となる素材が自生していないかわりに、食べられる植物や果物、それに調味料となりうる素材など、『料理』をするのには最適な素材たちが揃っている。『料理』は素材加工スキルの一種だから、隆也にとってはお手のものである。
だからこそ、隆也は館の食事当番をやらせているのだが。
「この辺で食べれそうなものは……あれと、それ……あとは、ここら一帯のキノコぐらいかな」
素質の知識に疎い隆也に詳しい原理はわからないが、これまでの生活で色々と素材の採集をするうち、食材については、いつの間にか一目見ただけで毒の有無を判別できるようになっていた。
これこそ、フェイリアがいつか言っていた「
あまり離れない範囲で、植物たちから食材を拝借する。
ちなみに採るのは今日食べる分だけだ。根こそぎやると、次に植物が生えるのに時間がかかる。程度が大事であることも、この一カ月で自然と身に着いたことだ。
そう考えると、パシリと思われた経験も、きちんと隆也の血肉なってくれているようだ。
「今日の味付けは辛めにするかな。レッドセージ、イエローマリーの花びらを混ぜて、後は胡椒を……」
火打ち石で手早く炎を起こした隆也は、調合用の小さな擂り鉢で、先程摘んできた調味料用の素材をゴリゴリと粉末状にする。
調味料を使うことで、素材によっては自身の体に好影響をもたらすことができる。体力や疲労の回復速度を速めたりするのが主な効果だが、特のこの世界ではその効果が顕著に表れるような気がする。元の世界では健康に良いとされる食物を摂っても効果があるかどうかは個体差があるが、隆也の経験上、この世界ではまず間違いなくそれが発動しているのだ。
不思議な現象であるが、この世界ではそうなっているのだから、納得するほかない。
「ふむ……いい匂いだな。
持ってきた鉄パンで調味料の類を炒っていると、狩りに出ていたツバキバルが早くも戻ってきた。
「ええ、修行はまだこれからですから、できるだけ体力回復を思いまして。ところで、今日の食材は?」
「ん」
ツバキバルは手に持っていた小さな野兎を隆也の前に差し出してきた。今日食べる分には、充分な量だろう。
しっかりと手を合わせて、魔獣の体を、『食材』へと切り分けた隆也は、予め準備していたその他の食材と合わせ、手早く調理を始めた。
野兎肉のソテーと、その骨をダシにした野菜とキノコのスープ。キャンプの炎は台所のものよりも火力があるため、そう時間を待たずして料理が完成する。
スープを煮込んでいた鍋を開けると、食欲をそそる香りが、隆也とツバキバルの鼻腔を刺激した。
ほぼ同時、二人の腹の音がシンクロした。
思えば、昼前に出発して以来食事をとっていない。
「おほんっ……冷めてもいけないから、さっさといただくしようか」
「そうですね」
いただきます、と手を合わせた隆也は、さっそくソテー肉の方にかぶりつこうとしたところで、
「ガゥゥゥゥ……」
と、それまで周囲には何もいなかったはずの草むらの影から、そんな狼の弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
銀の毛並みに、左側だけ金色に輝いている瞳。今は泥だらけで汚れているが、なんとなく神秘的な風貌をしている。大きさは中型~大型犬ほどだろうか。狼のようだが、近くに群れらしきものはナシ。
「群れからはぐれたのかな? 料理の匂いにつられてやってきたのかも……」
どうします、とツバキバルのほうへと話を振ろうした隆也だが。
「……タカヤ、荷物はいい。今すぐここを離れて、館のほうへ全速力で戻れ。そのための時間は、私が稼ぐ」
「ツバキバル、さん……?」
驚愕に眼を剥いた姉弟子が、隆也を庇うようにして、狼の前へと刀を突き出していたのだった。
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