第29話 修行開始 1


 姉弟子であるツバキバルとの話し合いの結果、結局、三階にある呪われていないもう一つの部屋であるエヴァーのところでお世話になることに決まった。


 エヴァーの部屋は、館の中ではもっとも広い部屋のようで、備え付きのベッドは二つあった。エヴァーは『一緒のベッドで寝よ?』などとセクハラ発言をかましてしつこく隆也を誘ってきたが、これは当然のごとく固辞した。


 年齢不詳とはいえ、エヴァーも見た目自体は若々しいし、それに彼女は隆也の恋人ではなく師匠である。


 線引きは大事だ。


 互いのパーソナルスペースの確保のため、仕切りの確保など色々とやることを考えつつ、隆也は、館での最初の夜を過ごした。


 そして、翌朝。


「ふああ……もう、朝か……」


 埃の被っていたもう一つのベッドだけを掃除して床についた隆也は、ゆっくりと身を起こした。


 さすがに昨日あれだけバタバタしていたせいで、すぐに眠りに落ちることができた。呪われた部屋の住人からの襲撃も心配されたが、これもなし。


「え、と……お師匠様もまだ寝てるのかな」


 この部屋には時計がないので詳しい時間はわからないが、外はまだ少し薄暗さが残っているため、時間的にはちょうどいいだろう。


「お師匠様、朝ですよ。起きてください、師匠」


「ううん? う~ん、後一日だけ……」


「ダメですよ。っていうか後二十四時間も寝てどうすんですか。燃費悪すぎか」


 三人による事前の取り決めで、食事や掃除などの家事全般は隆也が担当することになった。台所や食堂は別の場所にあるらしく、隆也はまだその案内をしてもらっていない。ツバキバルなら知っているだろうが、昨日あんなことがあった手前、どうにも頼りづらい。


 ということで、意地でも起こすべく、隆也はシーツを頭からかぶっている師匠の体をさらに揺り動かした。


「ほら、早く。さもないと朝ご飯抜きですよ」


「う? それは困るな……私はこう見えて結構食べる人だから……それじゃ、仕方ない」


 五分ほどの間、寝させろ、いや、起きろ、とやり取りを繰り返した後、ようやく寝起きの悪い師匠がシーツから頭を出した。


 寝相が悪いのか、頭がボサボサで、初めて会った時とはまるで別人である。


「んぅ……おはよう、だ。我が弟子よ~……」


「はい、おはようございます。お師匠様、これから朝食の用意をしますので、炊事場を案内してください」


「ん、そうだったな。わかった、今着替える」


 と、ここでエヴァーはまだスイッチの入っていない状態で起き上がった。


 シーツが彼女から離れて、ぱさり、と床に落ちる。


「うえっ……!」


 と、その瞬間、自身の支度をしつつも師匠の様子を見ていた隆也の体が硬直する。


「ん? どうしたタカヤ。そんな赤い顔して」


「い、いやいやだって……その、裸が、みえ」


 隆也は全力で彼女から視線を外す。


 なぜなら、起床したエヴァーの体には、下着の一切すら着けられていない、一糸まとわぬ姿だったからである。


「ああ、なんだ、このぐらいで。私と一緒の部屋で寝泊まりするんだから、このぐらいは慣れろ。今日の私はまだ目覚めがいいほうだが、悪い時は着替えを手伝ってもらうこともあるからな」


「えぇ……」


 正直に言って、元の世界で女性と触れ合う機会など皆無だった隆也にとって、今のエヴァーの姿は目の毒過ぎる。


 せっかく弟子があれこれと気を遣っているのに、それを堂々とぶっ壊しにかかる師匠。


 本当、この人はどれだけの歳を重ねているのだろう。


「ほら、せっかくだし、今からその時のための練習をしておくぞ? 下着はそこの収納の中にあるからまずは下の方からはかせて——」


「—―な、ななななにをやってるんだ貴様達はぁぁぁぁぁぁっ!!?」


 朝からグイグイと弟子にセクハラ行為を敢行する師匠に、もう一人の弟子が勢いよく部屋のなかに雪崩れ込んできた。


 昨日抜き放った彼女の得物である刀も、当然、手に持っての入室である。


「師匠っ! こんな飢えた獣のごとき男の前で自身の裸体を堂々と晒すなど、一体何を考えているんですか!?」


「別に私がどうしようが私の勝手だろう? タカヤが隣で寝てるからといって、私は私の生活を変えるつもりはない。寝る時は今まで通り裸で寝るし、夜中にちょっとムラムラしたら自慰行為オナニーだってする」


「オナっ……!? 師匠、あなたは歴とした女性なのですからもうちょっとお淑やかな振る舞いをですね……って、タカヤ、貴様さっきから何を聞き耳を立てているんだ。この変態めっ!」


「え、そ、そんな無茶な……」


 朝っぱらから刀をビュンビュンとこちらに向けて振り回してくる姉弟子と、朝っぱらから自身の裸を惜しげもなく弟子の少年にさらけ出す師匠に、隆也は朝からどっと疲れる羽目になってしまった。


 その後、再度の話し合いの上、タカヤの寝床は、館の地下にある台所にすることで、ひとまずは落ち着いたのだった。

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