第28話 ツバキバル
「…………!」
「え、と、あの……」
もう一人の弟子だという少女の着替えが終わるのを待った後、間にエヴァーを挟んでの互いの紹介の場が設けられることになった。
タイミング悪く着替えの場に鉢合わせることがなければ、まだ和やかな雰囲気で進んでいたのかもしれないのだが。
改めて部屋にお邪魔してからとずっと、隆也は姉弟子となる少女にものすごく睨まれていた。
全裸だった少女は、今は和装のようなものに身を包んでいる。袴か着物かわからないが、元の世界では馴染みの深い服装。
瞳の色や耳が特徴的な彼女ではあるが、総合的に見れば、黒髪の和服美人にも見えなくもない。
「この子が私の新しい弟子になったタカヤだ。見た目はひ弱だが、素質は確かだ。で、タカヤ。お前の目の前にいる、ガキの割には意外にナイスバディのヤツが――」
と、先程の事件をわざわざ思い起こさせる言動をする意地悪な師匠の眼前に、青白い光を放つ刀が迫っていた。
おそらく彼女が発動したのは『居合』というヤツなのだろうが、隆也の目には、まったく動きを追うことができない。
「師匠、それ以上言ったら斬りますよ」
「もう若干斬られているような気がするぞ。我が弟子、あ――」
「……ツバキバルです、師匠。館ではそう呼んでくれといつも言っているでしょう」
「まったく、お堅いヤツめ。だからお前は処――」
「師匠?」
「はいはいわかりましたよ」
肩をすくめて刃を押し戻したエヴァーが、改めて隆也に姉弟子のことを紹介する。
「タカヤ、この子の名前はツバキバル。私たちのいる大陸からは海で隔てられた小さな島国の出身だ。元々弟子にするつもりはなかったのだが、この子の両親に頼まれてな。今は私の研究のアシスタントとして、館に居てもらっている」
「――フン」
隆也を一瞥したツバキバルは、会釈することなくそっぽを向いてしまった。
「すいませんツバキバルさん……俺、そんなことつもりはなかったんです。まさか師匠と自分以外に人がいるとは思わなくて」
「そうだろうな。いつも一言足りないのはこの人の専売特許みたいなものだからな。大方お前も、呪われた部屋に足を踏み入れてしまったのだろう? そして、呪われていない部屋であるこの場所に来た、と」
どうやら彼女も、館に来た当初は、隆也同様に洗礼を受けたようだ。
エヴァーという共通の話題があり、弟子どうしで愚痴り合うこともできる。互いに仲良くなれる材料はある、はずなのだが。
「だが、勘違いするな。そうだからと言って貴様のことを信用したわけじゃない。師匠は貴様の素質のことを評価しているようだが、お前のような弱そうな男を、私は信用も信頼もしない」
はっきりと、ツバキバルは隆也へとそう言い放った。刀をいつでも抜き放てるよう構えている姿を見るに、どうやら第一印象は最悪の状態らしい。
「じゃ、じゃあその、俺が住む部屋も……」
「当たり前だ、明け渡すつもりなどない。そもそもここは一人部屋だしな」
となると、残る方法は師匠のところでお世話になるしかない。
若い男と女性(年齢不詳だが)が二人きりというのは、もちろん色々とマズい気もする。だが、隆也としてもわざわざそれ以外の部屋にいって呪われたりしたくはない。
「ん? 私のほうは一向に構わんが。むしろ一緒の部屋に住んで、身の回りの世話を色々としてほしいぐらいまである」
エヴァーのほうに目をやると、あっさりと承諾してくれた。男として見ていないのか、それとも男として見ていて夜這いをかける気満々なのか。
「と、いうわけでタカヤ。今日のことは水に流してやる代わりに、今後私には一切かかわるな。私は貴様の姉弟子になるわけだが、だからといってお前の面倒を見るつもりもない」
けんもほろろだが、仕方のないことだろう。それだけのことを、事故とはいえ、隆也はしてしまったのだから。
責任は、とりあえず師匠に取ってもらうことにしよう。
「え?? 二人ともなに自分達の間で勝手に結論づけてんの。それはダメだよ、それは」
だが、二人の間で結ばれようとしていた協定は、師匠の鶴の一声によって、あっさりと破棄されてしまう。
「この館に新しく弟子として引き入れた時点で、ツバキバル、お前がタカヤの教育係をやるのは私のことで決定事項だから。不平不満は聞くが、『最終的には弟子は師匠の言うことは絶対』――だよな?」
「うっ、それは……!」
「はい、それじゃ二人ともこれから仲良くな! はい、握手~!」
半ば強引に、エヴァーは弟子二人の手を互いに握り合わせた。
「「…………」」
この人と、これから一緒に修行をしなければならないのか。
互いに目を見合わせた隆也とツバキバルは、ほぼ同時にそんなことを思ったのだった。
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