第27話 もう一人の弟子


 つい今しがた起こった恐怖体験を玄関ホールに残っていたエヴァーに話すと、彼女は、あっけらかんとした様子で事情を説明してくれた。


「ああ、やっぱりよな」


「え? やっぱり?」


「ああ。この館は、昔、戦があった時に砦として使われていて、それを館に改装したものだからな。部屋は三十ぐらいあるが、そのうち呪われてないのは私の部屋と、それからあともう一つの二部屋だけだ」


「ほぼ全部じゃないですかっ?! ってか、それを早く言ってくださいよ!?」


 意地の悪い笑みを浮かべたエヴァーに、隆也は抗議する。


 もしあのまま『ただいま』していたら、今度は異世界転移では済まないところに連れていかれたかもしれない。


 そんな部屋がほとんどを占めているとは、改装前の砦は一体、どれほどの血が流れたのだろう。


 室内の空気がさらに冷え込んだ気がして、隆也は身震いした。


 そして部屋探しも、これで振り出し。


「じゃあ、お師匠様のところじゃない、もう一つの部屋にします。場所はどこですか?」


「ん? それなら二階の階段上がってすぐのところだが……」


「わかりました。二階ですね」


「あ、おい——」


 エヴァーが何か言っているのを待たず、隆也はさっさと階段を上がっていってしまう。


 幽霊らしきものとの初めての邂逅だったとはいえ、情けなく師匠に助けを求めてしまったのは、男としてはやはり恥ずかしい。


 安易に屋敷内をうろうろするのはやめよう——そう強い決意を秘めて、二階へと上がった。


「階段上がってすぐ……と、ここ、でいいのかな?」


 埃の積もった絨毯を踏みしめて、階段を上がって一番最初の扉を開ける。


 まだここに来たばかりだが、もう一日フルに戦ったかと思うほど、精神も肉体も疲弊している気がする。


 もう早く掃除をして、さっさと一休みしよう。


 修行は、明日から。


「さて、とそれじゃあさっさと掃除を済ませ、」


「え?」


「て——?」


 と、ここで空き部屋だと思われていたはずの一室に、一人の少女が居た。


 腰まで伸びた黒髪に、わずかに赤みがかった黒瞳。耳は少しだけ尖っていて、顔は小さく、整っている。目は切れ長といったところか。


 そして、今は、隆也の眼前で、ぽかんと口を開けている。


 全裸で。


「えっと、あの……」


「…………」


 隆也の視線が、つい少女の胸のほうにいこうとしたところで、


「さっ……さっきから何を見ているッ!? さ、さっさと扉を閉めぬか、この下郎めッ!!!」


「す、すすすすすすす、すいませっ……!!」


 少女の言葉に我に返った隆也は、慌てて扉を閉めた。


「え? なんで? どうして? この屋敷、師匠あのひとしかいないんじゃないの?」


 また幽霊か何かの類かと思ったが、しかし、さっきの少女の反応だったり、健康的な瑞々しい肢体だったりは、どう考えても死人のそれではないだろう。


 では、あの綺麗な子は誰か。


「そこの部屋には私のもう一人の弟子が住んでいるから、ラッキースケベに要注意、って……その様子だともう遅かったみたいだな」


「だ、だからそれを早く言ってくださいっ!!」

 

 その疑問は、後からのんびりと追っかけてきたエヴァーが答えてくれた。


 本当に、先が思いやられる。

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