第26話 事故物件
「しっかし、本当に埃だらけだな……」
エヴァーの魔の手からなんとか逃げ切った隆也は、モップをかけつつも館の惨状を目の当たりにしていた。
廊下の隅に、天井からつり下がっている照明、窓の桟……いろいろなところに雪のように埃が積もっていた。
いったい何年掃除しなければ、こんな風になるのだろう。いくらなんでもものぐさすぎだ。
「っと、そんなことよりも今日のうちにある程度は済ませちゃわないとな」
師匠への愚痴はそこそこに、隆也は本日の目標である『自身の部屋選びと、その部屋の掃除』にとりかかることにした。
エヴァーからはこの屋敷の部屋をどこでも使っていいと許可を受けている。ということで、どうせ住むなら、ある程度は快適な場所を選びたい。
隆也はまず一階から部屋を見ることにした。館はどうやら三階まであるようで、外から建物を見た時の窓の数からみても、二十や三十はくだらないほどの個室があるはずだ。
ということで、一部屋ずつ見て、よく吟味した上で決めようと思う。
「まずは最初、と」
隆也がまず一階の角部屋の扉を開けた。
角部屋であればまず間違いなく窓があり、日の光を部屋に入れることができる。それに、隣接する部屋は片側にしかないのだから、物音にも、そこだけ気にしておけばいい。
人がいないのだからそんなこと気にしなくてもいいのかもしれない。だが、元の世界で貧乏アパート住まいだった隆也の習性が、そうさせてしまうのである。
「ごほっ、予想してた通り埃だらけ……でも、ここは結構悪くないかも」
広さ的には六畳一間ほどで、置かれている家具もベッドとちょっとしたランプのみと質素なものだったが、部屋のサイドの窓からは、朝の陽ざしがしっかりと差し込んでいる。日当たりは良好そうだし、余計なものもない分、掃除も楽そうだ。
この部屋で早くも決定かも、と隆也が部屋の換気をしよう窓に手をかけた時、
『タスケテ』
と、窓に小さな傷で文字が書かれているのに、気づいた。
「…………」
埃がうっすらとかかっていた窓のガラス部分を指でさっと拭うと、さらに、
『タスケテ コロサレル』
『キヲツケロ ココハ アクマ ノ スミカ』
『アイツ ガ オッテクル チノハテマデ チノハテマデ』
『コワイ タスケテ タスケテ タスケテ』
『タスケテタスケテタスケテシネタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテシネタスケテタスケテタスケテシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ』
そう、びっしりと傷つけられた字があらわになった。
そしてさらに。
—―ギィィ、バタン!
「うひぃ!?」
開けていたはずのドアが勝手に勢いよく閉まった音がして、隆也は心臓が飛び跳ねてしまったかのように驚いた。
ふと、閉まったドアの内側に目をやると。
『ヲ カ エ リ』
と血文字で大きく書かれていたメッセージと、そして、ドア一面にべっとりと、無数の、不特定多数の人間と思しき手形がついていた。
「ひぃぃぃぃッ!?? し、失礼しましたああああああああッ!??」
見えざる者達からの熱烈な歓迎を受けた隆也は、そのまま勢いよく部屋から飛び出した。もし閉じ込められたらどうしようと思ったが、意外にもすんなり開いてくれたのが幸いだった。
立派だと思われた賢者の館は、実は、とんでもない事故物件だった。
成長した姿をシーラットのメンバーに見せてやろうと意気込んだ隆也だったものの、早くもその決意が揺らぎつつあった。
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