第25話 賢者の館


 きらきらとした光の粒子のトンネルを抜けると、それまでの景色が、ギルドの社長室から、隆也の知らない世界へと変わっていた。


 隆也が立っていたのは、どこかの山の頂上のようだ。柵の立てられた崖の下には森が広がっていて、まるで緑の絨毯が敷き詰められているように見える。

 

 ベイロードの海の青とは違って、また違った美しさがそこにあるようなが気がした。


「驚いたか? まあ、海から山だからな。景色も、それに人もいない秘境だ」


「あの、ちなみにベイロードまではどれくらい離れて……」


「う~ん、転移魔法を使える私にとって距離の概念など無いに等しいが、例えば、お前がここからベイロードまで行くのだとしたら、色々な交通手段を用いても百日くらいはかかるかな」


 とりあえずものすごく遠いことと、ここから脱走とかは絶対できないということだけわかった。


 ひとまずは、エヴァーから課される試練を乗り越えるしかないだろう。


「さてと、ここがある意味天然の牢獄であることを分かったもらえたところで、私の館に案内しようか。『森の賢者』たるこの私の館へ」


 隆也が振り返った先、エヴァーが指さした先にあったのは、まるでどこかの国の城かと見紛うほどの大きさの館。


「あ、そうそう。言い忘れていたが、ここには使用人メイドとか執事とか、そういった気の利いた存在はいないからな。部屋はいくつも空いているから、どこか気に入ったところに住めばいい。家具などは備え付けてある」


 これだけ大きく、それでいて豪奢な造りの屋敷であれば、多少の不便はあるかもしれないが、わりと快適に過ごせるだろう。


 だがこの後、隆也は、一瞬でもそう思ったことを後悔することになる。


 × × ×


「えっと……これは、いったい」


 エヴァーに案内されるまま館へと足を踏み入れた隆也を、挨拶だとばかりに出迎えたのは、彼が思わず目を眇めるほどの白い煙だった。


「ごほっ、お師匠様、こ、これってまさか埃ですか?」


「ん? ああ。さっきも言った通り、ウチには、掃除や家事全般をやってくれるような気の利いたメイドやら執事はいない。賢者たる私だが、家事だけは大の苦手でな。やってくれる都合のいい存在を探していたわけだ」


 エヴァーが隆也のほうをちらりと見遣り、ウインクする。


 修行で素質を伸ばしてやる代わりに、館のことを何でもやってくれ——多分、そういうことを言いたいのだろう。


「ギブアンドテイク……わかりました、授業料がわりということなら、構いませんよ」


「契約成立だな、我が弟子よ」


 言って、いつの間に用意したのか、エヴァーは早速とばかりに隆也へバケツとモップを投げ渡した。


 早速今からやってくれ、ということらしい。


「この館で世話になる以上、この私がルールだ。不平不満を述べるのは構わんが、命令には従ってもらう」


「命令に、もし背いたら?」


「その時はお仕置きでも受けてもらおうか。内容は、そうだな……」


 舌なめずりをしたエヴァーが、舐めるような視線で隆也の全身を隅から隅まで観察している。


 そういえば、この人は痴女だった、と隆也は思い出す。


「……絶対に従います。若いエキスを吸い取られたくないんで」


「なんだ、つまらん。減るもんじゃなし、別にちょっとヤらせてくれても、いや、むしろ掃除の前に一発、先にお前の童貞を奪って」


「そ、掃除行ってきます!」


 貞操の危機を感じた隆也は、エヴァーから逃げるようにしてモップがけを始めた。


 修行の不安よりも、まずここから無事に『綺麗な体』のまま生還できるかどうかを心配する隆也だった。

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