第24話 新人研修 2


 シーラットの彼らと出会ってから、隆也は以前あったすべてのことを忘れようとしていた。


 元の世界との繋がりを断ったおかけで、彼は皆と出会えた。自身に眠っていたスキルを台無しにせずに済んだ。


 だから、もうどうでもいいと思っていた。クラスメイト達のことも、元の世界のことも。


 もちろん、あちら側にも心残りがないわけではないが、しかし、だからと言ってこちら側を捨てることは絶対に出来ない。


 メイリール、ダイク、ロアーの最初の三人。そこから輪のように繋がってルドラ、フェイリア、ミッタ。さらにエヴァーまで。


 多分、これからもこの世界における繋がりは広がっていくのだろう。タカヤはそう確信している。


 だから、もう昔のことは忘れるのだ、と。


「俺、は……」


 だが、隆也はどうしてもルドラの言葉を否定することができなかった。


 あいつらを、見返す。


 これまで自分のことを物理的にも、精神的にも追い詰めてきたヤツラ。


 そいつらに、目にもの見せてやる。


 以前の彼なら、そんなことは考えなかった。実行に移したとしても、多勢に無勢だし、そもそもそれが出来るだけの力がなかったから。

 

 だが、今はどうだ。


 隆也は、自身の『素質』を示す大樹の根を、改めて見てみる。


「……できる」


 喧嘩に勝つとか、相手をぶちのめすとか、そういうことは相変わらず出来ないだろう。残念ながら、隆也には戦闘や魔法を使役する才能を持ち合わせてはいない。


 だが、別のものならある。


 レベルⅨまで極めたとして、何が出来るのかまでは、今はまだわからない。


 努力をする必要は、もちろんある。時間はもちろんある程度はかかるだろう。素質は育てるものだ。一朝一夕にはいかない。


 だが、無駄な努力には決してならないのを隆也は知っている。


 何を学び、何を実践していけばいいか。どういう努力をすればいいのか。


 それは、この『根っこ』がすでに示してくれているのだから。


「別に、引っ掴まえて復讐、なんてことはしなくていい。ただ、俺としては、これから新たに出現した『レベルⅨ』として高みで輝くお前を、元の仲間の奴らに見せてやって『ざまぁ』ぐらいはさせてやりたい、ってそれだけだ」


「ざまぁ、って。そんなんで復讐になりますかね」


「ならないかもな。話聞く限り、そいつら馬鹿そうだし。復讐されてると気付かないかもな。だが、自分の心にケジメをつけることぐらいはできる」


 ルドラは隆也の胸を、とん、と指で押した。


「タカヤ、賢者様のところでしばらく世話になってこい。俺達のことは気にするな。むしろ、成長して帰ってきて、社長の俺を左団扇でウハウハにさせてくれ」


「あの、俺まだエヴァーさんのお世話になるなんて言ってないですけど」


「いや、言ってる。そういう目をしているからな。俺の若いときのソレとそっくりだよ」


 隆也の中で固まりつつあった決心を、ルドラはわかっていたようだ。


「おいちゃん、なんば失礼なこといいよっとね? タカヤの瞳はおいちゃんのそれよりだいぶ綺麗かよ」


「同感だ。社長よ、お主、私と会った時からすでに、その瞳、ドブのように濁っていたはずだが?」


「フェイリアに会うまでは普通だったんだよ。会ってから、俺の瞳は急速にクズ化していったわけだ。合法ロリとかいう新たな扉を開いてくれた副社長最高」


「……心底キモいぞ、この豚め」


 どういう出会い方をしたら、そんなマニアックな扉を開けるのか気になる。


 ただ、それで二人とも関係が続いているのだから、仲は悪くないのだろう。もしかしたら、二人は恋人か、それに近い関係なのかもしれない。


「あの、メイリールさん」


「うん」


 隆也がメイリールへと話を振ると、待ってたとばかりに彼女は優しく微笑んでくれた。


 多分、これから隆也が言おうとしていることをわかっているのだろう。


 そして、そのわがままを受け入れてくれる準備も出来ている、と。


 本当に、彼女には頭が下がる思いだ。


「俺のこと、拾ってくれてありがとうございます。本当は、これから一緒に仕事をしてその恩返しができればいいんですけど、それ、もう少し後でも大丈夫ですか?」


「もちろん。あのオバサンのところに行かせるの、本当は心配で心配で仕方なかけど、タカヤがそうしたいんやったら、私は止めんよ。タカヤだって、男の子やもんね」


 メイリールが隆也の左の手首をとって、愛おしそうに撫でた。


 まだ少しだけ残っている傷跡。


 それを本当の意味で消すために、タカヤはこれから強くなることを決めたのだ。


「なあなあ、タカヤ。俺の許可は?」


「一応、お前を仲間に引き入れようって決めたのはリーダーの俺なんだが……」


「ごめん、ダイクにロアー。ちょっと行ってきます」


「「……いってらっしゃい」」


 拒否すらさせてくれないのか、と二人は少しばかり肩を落としている。


 だが、隆也は決して二人をないがしろにしているわけではない。二人なら絶対に賛成するはずだと思ってのことだ。


 メイリール同様、彼らにも大きな借りがあるのだ。それは、今後必ず返すつもりだ。


「決まったようだな。私のもとに来てくれて何よりだ、我が弟子、タカヤよ」


「あの、エヴァーさん。まだまだ弱っちい俺ですけど、よろしくお願いします」


「うむ。だが、私のことはこれから『お師匠様」と呼べ。館では、そう呼ばれているからな」


「はい、お師匠様」


「よろしい。では、早速これから案内するとしよう。私の本拠地であり、そして、これからお前の住む場所となる『賢者の館』へ」


 エヴァーが隆也の手を取ると、彼女を中心にして色とりどりの光の粒子が包み込んだ。


「これから瞬間転移で私の住処に跳ぶから、しっかりつかまっていろよ。離したら、次元のはざまに取り残されかねんからな」


「えっ、ちょ……ま、まだ別れの挨拶が」


「会いたければいつでもまたここに来てやろう。それに、世界は繋がっているんだ、であれば、この私には造作もないことさ」


 エヴァーと隆也を包む霧状の粒子が濃くなっていく中、隆也は全員の顔を改めて見た。


 メイリール、ダイク、ロアー、ルドラ、フェイリア。ミッタがこの場にいないのは心残りだが、後で手紙でも書くとしよう。


 若者を送り出す瞳をした五人に向けて、隆也は精一杯の笑顔を返す。


「みんな——行ってきます」

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