第23話 新人研修

 

 フェイリアによるエヴァーの紹介が終わったところで、ひとまず隆也にこうなったことの経緯を説明するため、ルドラは全員を社長室の中へと押し込んだ。

 

 朝の早い時間もあって、ギルド内に客はまだいないものの、二階の踊り場で話すような内容でもない。それに、エヴァーと会っているところを、彼はあまり人目には晒したくないようだった。


 ということで、後から出社してきたダイクとロアーも交えて話し合いが開かれた。


 議題はもちろん『隆也をこれからどういうふうに育成するか』という話だ。


「フェイリア、昨日とったタカヤのツリーペーパーはあるか?」


 無言で応じたフェイリアから、ぐるぐる巻きとなったツリーペーパーを受け取ると、そのままそれをエヴァーへと手渡した。


「ふむ、間違いない。この子は生産・加工、それに付随する諸々……その分野だけに限るが、すべてレベルⅨのマスタークラスまで成長可能だな」


 隆也の『木』を示した絵をちらりと見たエヴァーが、すぐさま隆也の中に眠る素質のことを言い当てる。


 やはり賢者だけあって、人を見る目は確実のようだ。


「やっぱりそうですか……最初見た時点で少なくともレベルⅥぐらいまではと見積もっていたが、メイリール、何度も言うが、お前、よくこの子を拾ってこれたな」


「へっへ~ん! すごいやろ? 私、男を見る目だけはあるっちゃけん!」


「十九歳にもなって交際経験ゼロの処女が良く言……ぶへらッ!?」


「アッ、アンタは余計なこと言わんでいいと!」


 ダイクの突っ込みに急に顔を真っ赤にしたメイリールが、彼の脳天に鋭い拳骨を

見舞った。隆也はラノベの難聴主人公よろしく聞こえないふりをしたが、情報はきっちりと頭に叩き込んだ。

 

 メイリール十九歳、処女……と。


「あの、ところでさっきから話に出てきているレベルってなんですか? ⅨとかⅥとか……高ければ高いほどいいのは、なんとなくわかりますけど」


「おいルドラ……この子、本当にどこの国から来たんだ? 私も賢者と呼ばれるようになって久しいが……ふむ」


 エヴァーの紫紺の瞳に隆也の全身が映し出されている。先程痴女行為に及んでいた時とは違い、真剣そのものである。


「タカヤ、レベルっていうのは、簡単に言えば、『自分の持っている素質でどれだけのことができるか』を示すものだ」


 この世界のことについて未だちんぷんかんぷんな隆也のため、フェイリアがツリーペーパーを指し示しながら説明を始める。


「レベルが上がるほど、より難しいことができるようになる。今、隆也の熟練度がもっとも高い素材解体系のスキルでいれば、レベルⅠで単なる食肉への加工。レベルⅡで毒抜きが必要な特殊な魔獣を食材化。Ⅲになると魔石のような、いわゆるレア素材の採集が出来るようになる……と、まあこんな感じだ。できることが多くなってくると、それに伴って特殊な技能が発動し、これを我々は『コマンド』などと呼ぶが……それはとりあえず後でよかろう」

 

「そうすると、俺は早い段階で解体系のレベルⅢに到達していたことになる、と?」


「ああ。到達可能レベルの判別は、単純に『木』の大きさで判断することになる。この紙で言えば、紙の端まで木の幹や根っこが伸びていれば、レベルⅨまで成長できるよ、ということだ」


 隆也の『木』、というか『根っこ』は元気よく端っこまで伸びていた。


 だから、シーラットのメンバーは驚いたのだ。


 賢者の称号を得るエヴァーはレベルⅨの魔法使いだが、それはこの世界では数人しかいないほどの逸材である。


 ということは、他の分野でも同じことが言えるのだろう。


 レベルⅨは、世界に数人しかいない。


 だから、こう言える。隆也は、この異世界において、エヴァーのような化物クラスのカテゴリーに入ることができる人間なのだと。


「そういうわけで、俺もちょっと悩んだわけだ。この逸材をどうやって育てようってな。それで、ウチのアドバイザーである賢者様に、このことを相談をしたってわけさ」


 エヴァーに相談することは理解できる。子供のころ『神童』と呼ばれても、その後の教育に失敗すれば、せっかくの逸材が台無しになってしまうこともある。


 将来を嘱望されながらも、途中でドロップアウトしてそのまま這い上がれずに底辺を彷徨う、というのはよくある話だ。


「要はバケモノはバケモノの手で英才教育を施したほうがいい、と、この男はそう考えているわけだ、我が弟子よ」


「賢者様、またあなたはそんなことを……タカヤ、お前は海鼠うちにとって、大事な大事な宝だ。手元で大事に育てたい思いもある。だが、一般人にちょっと毛が生えた程度の俺達じゃあ、お前を本当の高みには連れていけないっていうジレンマもあるんだ」


「本当の、高み……」


「タカヤ、実は昨日、お前が酔って寝てるとき、ロアー達三人からお前を見つけた時の話は聞いている。元の仲間からはぐれた経緯もな」


 言って、ルドラは隆也の頭に手をぽんと置いた。


 ごつごつと固く、それでいて大きい手のひらが、隆也の黒髪をくしゃくしゃと撫でる。まるで父親を想起させるようだ。


「タカヤ、お前を馬鹿にした無知なそいつらを見返したくはないか?」


「っ――」


 その言葉に、隆也の胸が不意に熱くなった。

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