第17話 レクチャー 3
「えっと、それはまた……なんというか……」
それまで朗らかに隆也に対して授業をしていた先生役のミッタは、みるみるうちに表情を曇らせていく。
同時に、ちょっとだけ彼女との距離感が離れたような気がして、隆也は思わず首を傾げた。
「えと、どうしたんですか、ミッタさん? 俺、何かマズイ質問でも——」
「いや、だっていきなり
「……あ」
その時、隆也のようやく自分がやってしまった失態に気付く。
彼自身としては、ただ、あの独りぼっちの夜の時、どうして自殺が失敗していたのかを知りたかっただけだった。ミッタが『三バカ』と呼ぶ仲間たちに助けられた時、隆也がやらかした過ちを彼らはただ笑っていた。
多分、この世界では、自身の手首に致死性の傷を与えるのにも条件がいるのだろうと、これまでのレクチャーで察してはいたが、一応、確認のため。
もちろん、今は自分で死ぬ気など微塵もない。
だが、ミッタは隆也のそんな事情など知る由もない。そんな状態で、唐突にそんな質問されたら、それは誰だって引いてしまうだろう。
「ご、ごめんなさい。あの、ただ興味本位で聞いただけで、別に死にたいって考えてるわけじゃないですよ? 今は、その……毎日楽しいですし」
「そ、そう? それなら、まあいいけど。まったく、脅かさないでよね。いきなりそんなこと聞くもんだから、余計な心配しちゃったじゃない」
口を少し膨らませたミッタが、『めっ』っと言いつつ隆也の額を軽く指ではじく。額が少しヒリヒリするが、それは失態に対する代償として我慢である。
コミュ力にも素質があるのなら、きっとレベル0だな、と隆也は心のなかでひとりごちた。
「あの、ところでさっきの質問に戻りますけど——」
「戻るのかよっ! タカヤ、キミ、ヘンなこだわり持つね。ま、まあ別に死ぬ気じゃないなら教えることについては吝かじゃないけど……でも、その質問って結構答えづらいなあ~……私そんなの、考えたことないし」
言って、ミッタは紙に棒人間みたいな絵を描いて少し悩んでいる。どうやら彼女は考え込むとき、何かを書くくせがあるのかもしれない。
「どっかの崖から身投げするなら素質はいらない、よね? 後は、治安の悪い街でわざとイキって殺されるように仕向けるのも——ああ、でもこれはある意味『交渉』系の素質がいるかも……自傷行為は、道具がちゃんとしてれば——」
答えにくい質問に、律儀なミッタはうんうんと唸りながら隆也への回答を捻りだそうと悪戦苦闘している。
最初はイヤイヤ受けつつも、いったん承諾してしまえばどんな質問でも真剣に向き合おうとする様子は、なるほど、受付嬢には最適かもしれない。
「――答えは『イエス』でもあり『ノー』でもある。そんなくだらん質問の回答、それでよかろう」
と、ここでミッタの代わりに、隆也の問いに答える声があった。
その声の主は、副社長であるエルフのフェイリアだった。どうやら目的の荷物を持ってきたようで、後ろに、大きな巻物のようなものを抱えるメイリールたちの姿があった。
「あ、おかえりなさい副社長」
「うむ。ところでルドラはどうした? 会社にはいないようじゃが」
「ある人に会う、とかで出てっちゃいましたよ。誰に会うんですかね? はっ、もしかして密会……やだっ、副社長っていう人がいるというのに——いでっ!?」
「――余計な妄想をせず、さっさと仕事に戻らぬか。このバカ者」
と、ミッタがいらぬ妄想を膨らせていると、ふと、ちいさな空気の塊のようなものが、隆也の横を通り過ぎ、野次馬根性丸出しの受付嬢の頭にヒットする。
何かを飛ばしたように思えないが、多分、魔法の類だろう。フェイリアはエルフ族なのだから、風の魔法などの素質があっても不思議ではない。
あと、ルドラとフェイリアのおかしな関係は、どうやら他の職員たちも周知の事実らしい。
「タカヤ、これから、お前の本当の素質を測る。この場所だと狭いから、外でやるぞ。ついてこい」
「わかりました、今行きます。あの、ミッタさん、それじゃあ僕はこれで。あとその、ヘンなこと聞いてすいませんでした」
「ん~ん、いいってことよ。それじゃ、副社長の適性試験? 頑張ってね。仲間になれたら、君に死ぬほど仕事回してやるから。私の給料のために」
満面の笑顔でちょっと恐ろしいことを言うミッタである。
ここに入社したら社畜確定かな? と思いつつも、それと同時に、あの夜、死ななくて本当によかったとも思う隆也だった。
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