第12話 港都ベイロード 2


 途中途中で休憩をとりつつ、馬車の中でゆっくりと揺られながら、約三日ほどかけ、今回の目的地である海岸線沿いの都である『ベイロード』にたどり着いた。


 押し寄せる波によって長年の間削られ、複雑に入り組んだ地形となった湾に建設されたという都市に隆也たちが足を踏み入れると、すぐに潮の匂いの混じった海風が彼らを出迎えた。


「うわあ……なんだか、外国のリゾート地みたいなところだな」


 真っ青な空を気持ちよさそうに飛翔している鳥たちの鳴き声を聞きつつ、隆也はそんな子供のような感想を漏らした。


 隆也にとって『海』といえば、アリのように人々が蠢くこじんまりとした海水浴場だったが、『港都』という別名もある通り(と、三人から聞いた)、まさしく、元の世界のそれとは、一線を画している。

 

 大きな湾には百や二百はくだらないほどの船舶が並び、本日の仕事から戻ってきた漁師たちが、今日の成果である大漁の海の幸を近くにある市場へと運びこんでいる。また、それと同時に、違う都市からきた交易船か何かなのか、十数人が協力して抱えてようやく運び込めるほどの大きな木箱がいくつも船から降ろされていた。


 元の世界でも、それこそ魚市場とか海沿いにある工業地帯といった光景はあったわけだが、ベイロードは、その風景をファンタジーに置き換えたような雰囲気である。


「タカヤ、どうね? 私達の拠点は」


「え、と……すごいですね。俺、こんなすごい場所に来たの初めてです」


「そう? ならよかった。でも、ここも他の国とかと較べると随分しょぼかよ。もっと遠くにいけば、ここがまるで豆粒に感じるほど栄えとうところもあるし」


 ここが豆粒なら、世界最大の都市なら、いったいどれほどの規模になるのだろう。


 狭い国の狭い地域の、そして狭いコミュニティの中で肩身を狭くして生きてきた隆也には、想像もつかない。


「タカヤ、やっぱりなんだかんだ言って、本拠地ホームが一番最高ってことなんだよ。常連にもなると、裏サービスとかも偶にしてくれるし、あとなにより——」


 相変わらずの風俗店トークをするスケベ男のダイクの話はひとまず置いておく。


 無視ではない、置いておくだけだ。あくまで。


「タカヤ、ここでの観光はひとまず後回しにして、まずは俺達と一緒に、俺達の拠点であるベイロードの冒険者ギルドに行ってもらう。そこで、隆也の素質について測定しようと思う。雇用主ボスにも会ってもらうから、そのつもりでな」


「冒険者ギルド……」


 異世界に飛ばされているという事実もあり今更ではあるが、いよいよファンタジーじみてきたなと、隆也は実感する。


 遺跡や財宝探索、魔獣討伐や賞金首狩りetc……もし自分がゲームの世界に入れたら、と、教室の机の上で寝たふりをしながら夢想していた状況が今、現実となって隆也の前にあった。


 あまりにも現実が過ぎて、正直受け入れがたい部分はあったものの。


「え、なに? せっかくの仕事終わりじゃんか。なあリーダー、タカヤもいることだし、昼からイこうぜ、昼から」


「馬鹿言え、報告を完了するまでが仕事だ。それに、俺達はタカヤを観光目的で連れてきたわけじゃない、『仲間』にするために連れてきたんだ」


「な、かま……」


 何気ないロアーの一言に、隆也は胸にこみあげるものを感じた。


 今までどのコミュニティに属していても、誰一人として言ってくれなかった言葉を、異世界の、しかもまだ知り合って間もない人達から聞く。


 それは、これまでの人生でかけられたどんな言葉よりも嬉しかった。


「……よしよし、良かったねタカヤ」


 不意に潤む瞳から涙がこぼれ落ちないよう耐えていると、ふと、隆也の頭を、肌触りのよい白い手が優しく撫でてくる。いひひ、という微笑みの声は、メイリールのものだ。


 メイリールは本当によく隆也のことを気にかけてくれている。あの時、手首を切った隆也自身を一番最初に発見したのはおそらく彼女だが、そのときの状況はまだ訊いていない。多分、相当の失態を見せているはずで、恥ずかしくて訊けないのである。


「感極まるのは自由だが、まだそうと決まったわけじゃないからな。まずはギルドで適性を見てもらってからだ」


「そう、ですね。じゃあ、その、俺を連れて行ってください。皆さんの冒険者ギルドに」


 まだ知らぬ自身の本当の『素質』はいったいどうなっているのか――不安と期待を胸に抱き、隆也は三人に連れられる形で、港の近くにあるという彼らの拠点へ向かっていった。

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