第8話 目覚めた先の冒険者たち


「う……ん――」


 知らない誰かの声に呼ばれたような気がして、隆也は目覚めた。


 薄く開けた瞼に差し込んだ日の光が眩しくて、思わず顔をしかめる。どうやらそのまま朝まで眠りこけていたらしい。


 だが、状況的に考えて少々おかしい。


 どうして、隆也は死んでいないのだろうか。


 彼はあの夜、酒の勢いにもまかせて自身の手首に思い切り傷を入れたはずだ。アルコールのおかげで酩酊状態にあり、直前の意識は朦朧としていたが、それでもかなりの量の出血があったはずである。


 それなのに、なぜ。


 そうやって、隆也がイマイチ状況を掴めないでいると、


「! お、ようやくお目覚めみたいやね。お~い、ダイク、それにロアー、この子、意識取り戻したっぽかよ~!」


 そんな、やけに方言じみた言葉を喋る女性が、隆也の顔を覗き込んできた。


 色素の薄い白みがかった金髪と、それに、翡翠色の瞳をした神官服の女性。


 あと、ぱっと見ですぐにわかるほどの美人。


「随分とやらかしたみたいやん? いかんよ~、こんな目立つ場所で酒盛りなんかしよったら。気付かんうちに熊にでも食べられたらどうするつもりやったと?」


「あ、いや、その……」


 いひひ、とやさしく笑いかけるその顔が眩しくて、隆也はどうしたらいいかわからず目を逸らした。風貌からしてこの世界の人なのだろうが、これほどの人に話しかけられる経験などの皆無の隆也は必然的にどもってしまう。


 彼女から離れようと隆也は体を動かそうとするも、昨晩の酒のせいか、頭痛はするし立ち眩みはするしで自由がきかない。あと、今にも吐きそうだ。


 おそらくこれが二日酔いという奴だろうが、これだけ最悪な気分になるのなら手を出さなければよかったと、今更ながらに隆也は後悔した。


「あ、そうそう傷の手当はこっちで勝手にさせてもらったからな。大した傷じゃないから問題ないとは思うが、後で治療院にでも行って傷跡が残らないようにしとけよ?」


 と、ここで、神官の女性の後ろより、さらに二人が隆也の前に姿を現した。


 重そうな金属鎧を身に着けた騎士の男と、弓をもった野伏レンジャーの男の二人組。


 多分、女性とあわせて三人の、冒険者パーティのようだ。


「あの、俺、その、どうして……死んで、だって、昨日、俺は自分で自分の手首を切って」


 隆也の手首の傷には、すでに白い包帯が綺麗に巻かれている。血の滲みも一切ないところを見るに、完全に出血は止まっているようだ。


「あ? お前、もしかしてあのナイフで自分の体に傷をつけたのか? 死ぬつもりで?」


 騎士の男が、傍らに落ちている隆也の相棒を指差して訊いてきたので、そのまま頷く。


「え、キミ、それ本気ね?」


「えっと……その、まあ、はい」


「「「…………」」」


 すると、三人は、隆也のそんな反応を見て、互いに目を見合わせた後、どっと笑いだした。


「? あの、えっと……」


「なに言ってんだよ、お前。あれは『解体用』の刃物ナイフだろ? いくら酒に酔ってたとはいえ、冗談きついぜそれは」


「????」


 ますます訳がわからない。確かに、隆也が使ったのは、普段、狩ってきた魔獣を解体する用に使っているものである。


 しかし、刃物であることに違いはないはずだ。カッターでも、包丁でも、本来の用途とは違っても、急所を深く傷つければきっちりと役目を果たせるはずである。


「う~ん、もしかしたらこの子、スキルのことばよう知らん田舎者おのぼりさんかね? でも、結構流暢な『世界語』は話せるみたいやし、それに変な格好……謎ばい」


「まあ、色々話し聞いてみればいいんじゃねえの? 幸い俺達も任務終わりだし」


「だな……面倒くさそうな事情を抱えてそうだが、乗り掛かった舟だ」


 それぞれ言って、三人は隆也のことを抱き起した。


「ひとまずは自己紹介やね。私はメイリール、、神官」


「俺はダイク。格好から見てもわかる通りだが、、騎士だ。で、隣が俺達パーティの隊長で……」


「ロアーだ。こいつらと違って、ちゃんとした弓師だ」


「えっと、隆也です。名上隆也……」


 初めて聞くことばかりで引っかかるところは多々あるが、自分が死ねなかったことを含めて、これから目の前の三人からじっくりと話しを聞けばいいだろう。


 こうして、現地の冒険者の出会いをきっかけに、隆也の異世界での人生が、再び始まろうとしていたのだった。

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