第6話 腰抜け
お金の使い道をあれこれと考えながら、隆也は、昨日の夜に出発したはずの街に舞い戻った。
この街にも、名前はもちろんある。入り口にはそれとなく看板も立てられているが、なんと書いているのか、隆也には全く読めない。道行く人々の言語の意味合いはなんとなく理解できるが、それだけだ。
「こういうのも覚醒した奴らに任せてたからな……そう考えると、一人で色々やるのは大変か……」
これまで、稼いだ素材の売却や食料その他生活必需品の調達は、異世界語の解読などができるよう『覚醒』したクラスメイトが担当していたので問題なかったが、これを隆也一人でやろうとすると少々骨が折れる。
元々、隆也は他人とのコミュニケーションを大の苦手としている。言葉の通じるクラスメイトですら慣れないのに、見ず知らずの、しかも言語体系の違う異世界の現地人と話すなど、絶対にやりたくない。
だが――。
「…………」
隆也は、街の中央部より外れたところの、『とある』店があると思われる路地裏のほうへと視線を向ける。
建物の影に隠れた、薄暗い人通りの少ない狭い路地。そこに、少々露出度の高い服を着た女性が立っていた。異世界らしく、獣のごとく長い耳を垂らした胸の大きな女。おそらく獣人というやつなのだろう。
それほど栄えた場所でない田舎だろうが、元の世界の繁華街だろうがうらぶれた田舎のアーケード街だろうが、ちょっと探せばあるところにはある。
隆也が道中考えていた金の散財方法、その一は、所謂『夜の店』、はっきり言わせてもらえば『売春宿』、こちらを利用することだった。
一昨日の真夜中に、パーティから抜け出してこそこそとやっていた元クラスメイトである俊一たちの男グループ数人が、その店に消えていったのを見て、隆也自身もずっと気になっていたのだ。
馬鹿なことをやっているな、という自覚は隆也にもある。しかし、このまま童貞を大事保持したまま死ぬのは情けなさすぎる。
彼だって、健康かつ十全な性欲を備える青少年だ。女の体とセックスに興味がないと言えば嘘になる。
ということで、徐々にでありながらも、燈に吸い寄せられる羽虫のごとく、隆也の足は、徐々に客引きの獣人女のいるほうへ近づいていった。
「他の客はまだいない……多分、客のピークはもう少し後だろうから、今さっとやってしまえば目立たず次の目的地に……」
と、隆也が実に童貞らしい初々しい思考をぐるぐると回転させていると、
「◇▲☆※、!#&%。ボク?」
うしろから、なにやら変な言葉とともに、肩をとんとんと叩かれた。
「えっ? あの……」
「ボク、Δ§▽∴? ここ=&%’#9、@#”>>’8、××??」
『ボク』というところしか聞き取ることができないが、店の前に立っている女性と同じような格好をしているに、おそらく同じ店の従業員かなにかかもしれない。
女性の視線が、しきりに隆也の腰に――つまりは金貨の詰まった袋に行くのを見て、おそらく今日のカモとしてロックオンされたのだろう。
だが、これは逆に都合がいい。元々、隆也は店でサービスを受けたいと思ってこの場にいるのだ。少々ぼったくられるかもしれないが、目的を達成できればそれでいい。
「×Ε+、#)’~~=、◇×××、????」
「”P@:+_! |~sM%%!」
だが、いつの間にか大柄な獣人の女性二人に囲まれ、あれやこれやと捲し立てられた隆也は、そこまで考えることのできる余裕のある男ではなかった。
「いや、すいませ……俺、言葉、その、ワカラナイ、ノー、ノー」
額に変な汗を浮かべ、必死に首を振る隆也。
そこに、期待やら何やらを膨らませた少年の顔はなく、あるのは、ただ一人になりたいと切に願う小心者すぎる意気地なしで猫背の、萎びた男のガキだった。
「ああもう! カネならやるよ! やるから、もう俺から離れてくれっ!!」
袋の中の金貨や銀貨をばら撒いて注意を逸らした隙に、隆也は、戦わずしてその場から敗走したのだった。
「金があっても一端の客にすらなれないとか……俺っていったいなんなの」
結局その辺の商店で酒や食料などを無言で買いこんだ後、隆也は、とぼとぼと本日の寝床を目指すことにしたのだった。
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